My Opinion ―① 専門的、創造的、かつ組織的なプロフェッショナル
いまなぜ、プロフェッショナルと呼ばれる仕事が、普通の会社組織においても議論されるようになってきたのだろうか。プロフェッショナルとは、どのような働き方なのだろうか。
スペシャリストとはどこが違うのか。プロフェッショナルについての著書や論考を多く手がける慶應義塾大学大学院教授・高橋俊介氏が、プロフェッショナル人材のポイントについて語る。
プロの起源は聖職者
プロフェッショナルというと、プロ野球選手を思い浮かべる人が多いが、プロ野球選手の「プロ」は単に「職業とする」という意味であり、アマチュアの反対語に過ぎない。いま、企業で求められているプロフェッショナルのあり方は、プロ野球選手とは全く異なることを理解してほしい。そのために、プロフェッショナルという言葉の原点にさかのぼり、時代とともに変遷してきた意味合いをたどってみよう。
プロフェッショナルの語源は“profess”であり、キリスト教の「信仰告白」を意味する。そこから派生した“professional”は本来、聖職者を意味した。ちなみに“professor”は神学校の神学教授であり、やがて教授全般を意味するようになった。
聖職者とは、信者の精神的な悩みを解決することに生涯を捧げる人である。その後、似たような役割を持ち、患者の肉体的な問題を解決する医師も、プロフェッショナルと見なされるようになる。さらに時代を経て言葉の意味が広がり、弁護士、会計士、経営コンサルタントもプロフェッショナルの仲間になった。
最近、わが国で人気のある職種でいえば、キャリアカウンセラーも、プロフェッショナルのような位置づけで考えなければならない。金融業では、ファンドマネジャーや、インベスティメント・バンキングの分野にプロフェッショナル的な働きをする人が出てきている。
現代社会におけるプロフェッショナルの基本的な特徴を考えるうえで参考になるのが、アメリカで多くの企業人に注目された“Managing the Professional Service Firm”というデービッド・マイスターの著書である。日本では『プロフェッショナル・サービス・ファーム――知識創造企業のマネジメント』という表題で翻訳が出され、私が監訳者として携わった。
デービッド・マイスターは、法律事務所やコンサルティング会社など、多くのプロフェッショナル・サービス・ファームのコンサルタントとして著名な人物だ。そして、プロフェッショナル・サービスを「顧客接点において高い専門性からくる創造的な努力が必要な仕事」と定義している。
これは、医師や弁護士の仕事と共通する。医師が目の前の患者に対して「今日はどうなさいましたか。風邪ですか。それならよい薬がありますよ」という対応をしたとすると、ホンモノの医師とはいえない。その程度の対応なら、薬局の店員でもできる。「本当に風邪かどうか、診てみましょう」と、患者の訴えに応じて聴診器を胸に当て、喉の奥をのぞき込むといった個別的対応をし、そこに専門性に基づく個別的な判断と創造的なソリューションの提供があってはじめてプロフェッショナルである。
もう1つ見逃せない共通点がある。プロフェッショナルは、顧客の問題解決を第一に考える職業倫理観を持たねばならない。たとえば、弁護士に対して「この弁護士は、自分が儲けたいからうまいことを言っている」と思ったら、安心して相談できない。問題解決を求めるなら、全幅の信頼をおいてすべてを話し、共同作業で問題解決に当たらなければならない。
なにより重要なことは、私自身もマッキンゼーに入社したときに言われたが、相手は顧客(カスタマー)ではなく、クライアント(依頼主)であるとの認識だ。顧客とは本来、商売のテーブルの向こう側にいる取引相手であるが、プロフェッショナルは依頼主と同じ側に座り、依頼主の興味、関心、利益を第一に考えなくてはいけない。
誤解その1
「プロフェッショナルは一匹狼?」
プロフェッショナルは、従来のサラリーマン型の働き方はできないが、組織に属さない一匹狼ではない。そして、組織が永続的に発展するためには、プロがプロを育てる仕組みがビルト・インされている必要がある。
たとえば、経営コンサルタントはチームで動き、通常組織は上司と部下の関係が固定されない。コンサルティング1部、2部、3部の部長がいるという組織ではないのだ。これはクライアント最優先であることが理由といえる。担当するリーダーとメンバーが一緒になって縦横無尽に必要な人員をそろえてチームを結成し、クライアントのためにプロジェクトを推進していく、極めて柔軟なチーム型組織になる。
ここで疑問に思われるかもしれない。上司と部下の関係が固定され、部下を育てる管理職がいなければプロが育たないのではないか――それも誤解である。コンサルティング・ファームにおいては、大きなプロジェクトが終了した時に、各自が必ず仕事の振り返りをし、チーム全体で確認し合う。クライアントにどのような価値を提供できたか、同時に我々が何を学んだのかを確認する。その内容は文章化し、形式知化し、共有する。そこまで徹底したメカニズムが必要なのだ。
プロフェッショナルは、いい意味でクライアントや仕事が育ててくれる部分がある。それが次のアサインメントにつながっていく。管理者は、育成的な観点から、次は誰にどんなタイプのプロジェクトのどんな役割を果たしてもらうかということを考えながら割り振っていく。
このように、プロは決して一匹狼ではなく組織の一員であり、より経験豊富で実力のあるシニアのプロに育てられる。そしてプロの組織の頂点に立つ人材も、プロ中のプロでなければならない。病院においては、マネジメントの能力がすばらしくてMBAを持っていても、医師としての経験が豊富でなければ病院長にはなれない。部下が言うことに従わず、現場のことがわからず、医師の育成ができないからだ。かといって、医術がどんなに優れていても、マネジメントが全くできない医師が病院長では病院の経営がおかしくなる。医学博士号を持ち、現役の実務経験豊富な医師であり、さらにMBAを持っている人物が院長としてふさわしい、ということになる。
誤解その2
「プロはスペシャリストである?」
「プロには高度な専門知識が必要」という誤解がある。専門知識で判断するだけでほぼ仕事が成り立つ人のことをスペシャリストと言うが、プロフェッショナルにとっての専門知識は、手段に過ぎない。専門知識以上に、問題解決能力やリーダーシップが重要だ。
なぜ、リーダーシップかというと、人を動かさないと、問題が解決しないからだ。クライアントに対する説得力、コミュニケーション能力が高く、相手の半歩先を行ってソリューションを提示し、クライアントやチームメンバーを引っ張っていくことで、問題を解決しないといけない。
プロフェッショナルとスペシャリストは専門性の数でも違いがある。プロは専門性を2つないし3つ、複数の専門性を持っている人であり、その組み合わせで新たな価値を創造できる。たった1つの専門性だけでは、よほど抜きん出ていない限り、大きな価値に結び付けていくのは難しい。対して、スペシャリストは専門性が1つあればよく、ジェネラリストは専門性がなくてもやっていける。
別の言い方をすると、スペシャリストは、難解な専門用語での説明能力があればよく、プロフェッショナルというのは、難しいことをわかりやすく説明できなければならない。