視点―サービス業の人材教育 “接客力”をいかに育てるか
最近、「接客力」に目を向ける経営者が増えてきた。3年ほど前になるが、セブン&アイ・ホールディングスを率いる鈴木敏文会長は「接客力の復権」をいい、ヤマダ電機の山田昇社長は「接客日本一へのチャレンジ」を宣言した。
日本を代表する流通業のトップ2人が、期せずして「接客力」を意識したのはなぜなのか。それは、ひとえに会社成長の過程で、接客に関するクレームが増えてきたからに他ならない。
当時、両社ともにクレームの30%程度が接客に関連するものだったと聞く。それだけに、接客に目を向けざるを得なかったのだ。このままの接客レベルでは、「将来は危うい」との危機意識がそこにはあったと思える。
サービス産業において、一流と二流の差は、「接客の質」の差によって決まる時代になったといってもいいだろう。では、どうすれば接客力を高めることができるのか。接客の評価が高い企業を例に検証してみたい。
感動を与える加賀屋のサービス
まず取り上げたいのが、『プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選』(旬刊旅行新聞)で27年連続日本一に選ばれた加賀屋(和倉温泉)だ。加賀屋に泊まった顧客の多くが、「感動的なサービス」だったという。とりわけ高く評価されているのが、客室係の対応だ。
筆者は、年間50日程度は、ホテル・旅館に泊まっているが、基本的に、世話を焼かれるのは好きではない。かつて、先のランキングで常にベスト3に入っている旅館に泊まったことがあるのだが、その過剰なまでの接客に辟易した経験がある。それだけに加賀屋の、客室係がつきっきりで行うサービスも、自分には向いていないのではないかと考えていた。
しかし、実際に宿泊してみての感想は、まったく違う。筆者は、手荷物をボーイさんなり客室係に持ってもらうことができないタイプだ。加賀屋でも担当の客室係の申し出を断ったところ、再度さりげなく、「お持ちしますが」と言われたものの、それ以上、しつこく言われることはなかった。その後の接客も、過不足がない。こちらがやってほしいことは、実にいいタイミングでやってくれるが、こちらが恐縮するような過剰なサービスは一切ない。食事時には会話も弾み、実に居心地がいいのだ。同行した2人も、その的を射た接客振りに感心しきりだった。
最近は、加賀屋のように質の高いサービスが評価される旅館が増えてきた。しかし、そうしたところはほとんどが、客室数が少ない隠れ家的な旅館だ。ところが加賀屋は、客室280室、1450人収容の大型旅館でありながら、質の高いサービスを提供している。これが注目されるゆえんでもある。なにがそれを可能にしたのか。日本一になるまでの軌跡を紹介しながら、その答えを探ってみたい。
厳しかった客室係への教育
加賀屋は、昨年、創業100年を迎えた。立派な老舗旅館ではあるが、開湯1200年の和倉温泉では後発の旅館である。それも、左前になったわずか12室の旅館を引き継いでのスタートだった。
現在の加賀屋のサービスを作り上げたといわれる故・小田孝さん(小田禎彦会長の母)が嫁いできた1939年でも客室数は20で設備も十分なものではなかった。
競合の旅館に比べて設備にハンディがあるだけに、孝さんは、料理と接客サービスに力を入れた。
「旅館が発展するには、来ていただいたお客様に必ず満足してもらい、また来ていただく。また来ていただけなくても、あそこはよかったよ、といってもらうしかない」との信念を持っていた孝さんの客室係に対する教育は厳しいものだったと聞く。
「行儀の悪い客室係には、お客様の前でも怒鳴りつけていましたし、できない人には、後ろから押し倒してでもやらせていました。怒る時には本当に怒っていましたね」(小田会長)
その結果、加賀屋の客室係の評価は高まったのだが、長続きはしなかった。ある日、客室係が、「あまりにもうるさい」と、部屋にこもってしまったのだ。いわゆるストライキである。
「客室係は宝と思っていた母にはショックだったようです。天空を睨んで、『今に見ておれ、もういっぺん私は、客室係を育て直す』と、私の前で宣言しましたよ。それで、どこが悪かったのか反省したのでしょうね」(小田会長)