My Opinion ―② “より良い”教育のためのIDと ブレンディッド・ラーニング
企業戦略を踏まえた社員教育を、どのような方法で設計することが望ましいのか。
学習の方法やメディアを複数組み合わせて行うブレンディッド・ラーニングは企業の教育担当者にとって注視すべき学習方法でありながら、「本当にほしいものを得るための」ブレンドというものが、なかなか見えにくい。
“より良い”教育のための学習設計を、熊本大学大学院・北村士朗准教授にご寄稿いただいた。
“より良い”教育・学習とは?
「社内の教育・学習をより良いものにするにはどうしたらよいか?」。企業の教育担当者が常に問われていることである。では「より良い」教育や学習を実現するためには、どうしたらよいだろうか?
もっとも重要なことは「より良い」ということがどのようなことかを明らかにし、定義することである。どのような状態になれば「良い」教育といえるだろう? 現状では何が不足しているのであろう? そういったことを明らかにしていくことが必要なはずである。
当たり前といえば当たり前のことだが、本当にこの点について、明らかになっているだろうか? 明らかになっていないにせよ、しっかり考えているだろうか?
まずは図表1のチェックリストで確認してみよう。
これらの項目を実現させるためのノウハウが、教育や学習の設計に用いられるインストラクショナル・デザイン(Instructional design : ID)である。
まず考えるべきは「出口」と「入口」
インストラクショナル・デザインは「教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセス注1」である。ここでいう効果的とは「求められる成果を着実に得られること」、効率的とは「成果を得るための負荷、たとえば予算・時間・労力がより少ないこと」、そして魅力的とは「受講者が学ぶことに喜びを感じ、さらに学びたくなること」を指す。
インストラクショナル・デザインについて、企業の教育担当者にまずおさえておいてほしいことは、教育の「出口」と「入口」を明らかにする、ということである。
教育の「出口」とは、「修了した段階で受講者は何ができるようになっているか」という到達目標である。到達目標は経営戦略や社内の状況を分析し導き出されるべきものである。そしてそれらは測定できる形になっていなければならない。測定できない限り、修了した受講者が目標に達したかどうかわからず、「効果的」だったかどうかを検証できないからである。
具体的には「○○について説明/選択できる」といったように、目に見える行動の形で表す必要がある。このように目標が明確になってこそ、「効果」を追求でき、「効果的」であったか否かを測ることができる注2。
一方「入口」は受講の前提である。受講者は何ができなくて(何ができるようになりたくて)受講するのか、そして何を受講に必要な前提知識やスキルと見直すのかを明らかにしておかなければならない。前者を明らかにしておかないと、研修で取り上げる内容を既に身につけている受講者が受講してしまうといった事態になり、時間の無駄になる。後者を明らかにしないと、知識やスキル不足で研修についてくることができない、いわゆる「落ちこぼれ」が発生してしまうのである。
研修やeラーニング、あるいはそれらを組み合わせた一連のトレーニングプログラムは、「入口」にいる受講者が「出口」に向けて学習し成長することを支援する活動であり、企業の教育担当者には両者間のギャップを埋めるために必要なプロセスを明らかにし、そのプロセスを実現するための方法やメディアを選んでいくことが求められる。もし、単一の方法やメディアで成果が得られない、あるいは得にくいのであれば、複数の方法やメディアをブレンド、つまり組み合わせれば良い。それがブレンディッド・ラーニング注3である。
ブレンディッド・ラーニングの可能性
読者の皆さんは「ブレンド」という言葉から何を思い浮かべるだろう? コーヒー? 紅茶? ウイスキー? アロマオイル?……。さまざまな「ブレンド」商品が世の中に出回っている。では、それらの「ブレンド」商品からどのようなイメージを抱くだろう?
筆者は「ブレンド」という言葉を、3種類のイメージで受け止めている。
1つは「チープ」である。単品では売れないような低品質なもの、あるいは量的に半端なものを混ぜて、何とか商品として成立させたものを売りつけられる、という印象である。
2つめは「中庸」である。たとえば、コーヒー専門店でコーヒーを頼む時、ストレートコーヒーを頼むだけの知識がない、あるいは選ぶのが面倒なため、「ブレンド」と頼んでしまうことはないだろうか。
これらはどちらかといえば、「ブレンド」のネガティブな部分といえる。実際、いわゆる「ブレンディッド・ラーニング」においても「質の悪いeラーニングを集合研修で補う『逃げ』の商品」といった批判を耳にし、その批判をされて当然の「ブレンディッド・ラーニング」を筆者自身もいくつも目にしている。
では、「ブレンド」はネガティブなだけであろうか? 筆者はそうは考えない。