My Opinion ―① 学習におけるブレンドを科学的に試みる
ブレンディッド・ラーニングというと、「何か」と「何か」をブレンドした学習方法をさす。
その「何か」がeラーニングや集合学習であったりするわけだが、その両方ともフォーマル・ラーニングにおける学習である。学習設計をする場合、インフォーマル・ラーニングを含めたワークプレイス・ラーニングの考えを根幹に置いて考えなければならない。最新のASTDでの傾向も併せ、東京大学准教授・中原淳氏に語っていただいた。
メディアミックスからブレンドへ
「ブレンド」というコンセプトは、eラーニングの円熟とともに、1990年代後半に出てきた概念だ。言葉としての歴史は比較的浅いが、実は、その発想やルーツは意外に古い。
かつて、教育研究では、メディアミックス(Media mix)という言葉が盛んに使われていた。もともと、メディアミックスは広告業界において、「効果的な商品広告を行うために、テレビや雑誌などの多種多様なメディアを組み合わせ、シナジー効果を出す」という発想で実施された。それが教育業界に輸入されたわけだ。
広告業界と同様に、教育業界では、80年代から90年代にかけてメディアミックスの試みが盛んになった。OHP、黒板、コンピュータ、テキスト、ワークブックといったメディアを組み合わせて、学習効果を向上させようという動きが注目された。
最近になってブレンディッド・ラーニングに関心が集まった理由は、eラーニングの弱点について意識されるようになり、それを克服しようという動機からだろう。
1990年代の後半、eラーニングは文字通り「ブーム」だった。「eラーニングは、これまでの教育手法の欠点を乗り越え、何でもできる」という楽観的な認識が世の中を覆っていた。しかし、次第に、それが「万能の処方箋」ではないことがわかってくる。単にWebやストリーミングビデオで教材提示をしただけで、学習効果があがるわけではない。
たとえば、2000年に全米教育協会が発表した“Quality On The Line”という報告書がある。この中では、「eラーニングでの学びの質は、インタラクションで決まる」と結論づけられた。eラーニングの学習効果は、教員と学生、あるいは学生同士のコミュニケーションの機会と質に依存する、とされたわけだ。
一般に、eラーニングの利点は「教材提示を個別に、かつ時間的地理的制約によらず柔軟に行えること」にあると言われる。「教材提示の柔軟性」や「学習の個別性」だけでは、学びのクオリティを担保することは難しい。そこには、コラボレーションやコミュニケーションがやはり必要だ。そして、教師―学習者間、学習者―学習者間のインタラクションを促すチャット、メール、掲示板といったコミュニケーションメディアをうまく活用し、「協調学習」を実施することが重要だ、という認識が広まった。
2000年を過ぎる頃になると、今度は、オンラインだけの学習には限界があり、従来からある「教室でのラーニング」と「eラーニング」を結びつけ、eラーニングの弱点を補おうとする考え方が出てきた。教師―学習者間、あるいは、学習者間のインタラクションをリアルな教室での対面対話でカバーしようという発想だ。
多くの場合は、基礎的事項の徹底や確認などの「事前学習」や「予習」をeラーニングで行わせる。教室においては、そうしたベースをもとにグループ学習をしたり、協調学習に取り組ませる。そうした組み合わせ方が、よく実施されるようになった。「eラーニングでもできることは、eラーニングで。教室では、教室でしかできない貴重な経験を積んでもらう」
といったかたちのブレンディング戦略だ。2000年当初から2004年ぐらいまでは、論調がこのように推移してきたように思う。
ブレンド方式のほうが安心で「やらされ感」が少ない
eラーニングだけではなく、他の教育手法とブレンドすることで、実際には、どのような教育効果があがるのだろうか。いろいろな実務家、コンサルタントが、いろいろな自分の経験をもとに、いろいろなことを言っている。が、きちんとした実験計画のもと、統計的に実証研究を行った事例は、そう多くはない。
たとえば、数少ない事例の1つに、2006年に実施されたテネシー大学の研究がある。調査対象は125人の大学生。うち59人はeラーニングのみ、66人はブレンド方式で学ばせた。学習直後に理解度を測るテストを実施したところ、テストの得点は統計的に有意な差は現れなかっものの、「感情面」には大きな違いが現れた。「習ったことを必要以上に難しく感ずる」といった学習の負担感や、「学習をやらされている感覚」は、ブレンド方式のほうがドラスティックに低いという結果が出たのだ。また、学習していくうえで「自分は誰かにサポートされている」という安心感が、ブレンド方式のほうで高まるという結果も出た。
常識的に考えて、学習の最初から最後まで単一の教育方法で学習するよりも、途中にいろいろな仕掛けが挟まっているほうが退屈しないで済むし、心理的負荷も低くなることが予想される。また、「誰1人として、他者の顔が見えない学習環境」よりは、「相談できる誰かがそこにいる環境」の方が、安心して学習を進めることができるのだろう。
もちろん、これは高等教育における研究知見であり、1つのケースに過ぎない。先ほどのような「記憶保持テスト」では、単一のメディアか、複数のメディアでは差が出ないが、「移転テスト」、つまり「学んだ知識が実際に使えるようになるかどうかを試すテスト」では、有意傾向が表れることを示唆する研究知見もある。また、企業内教育の文脈で比較した場合には、若干違う側面が見えてくるかもしれない。要するに、まだわからないことが多い。その点については今後、大学と産業界が連携して研究を進めていく必要があるのではないだろうか。
組み合わせの「勝ちパターン」は検証されていない
ブレンドという場合、「何」と「何」をブレンドするか、という点が重要だ。でも、「ブレンド」という言葉には関心が払われても、「ブレンドされるもの」には、あまり注意が働いていないようだ。
一般にブレンディッド・ラーニングを「狭義」にとらえると、ブレンドされるものは「eラーニング」と「教室」という組み合わせになるが、他にもっとさまざまな組み合わせ方法があるはずだ。たとえば、ワークシート、プレースメントテスト、テキスト、ワークショップ……メディアミックスのところで紹介したように、教育にはさまざまなメディアが存在するわけだ。
しかし、どのような組み合わせをどのような順序で実施すれば、学習効果にシナジーが見い出せるのか、については詳しく検証されていない。
少し考えるだけで、組み合わせがいくつか浮かんでくる。たとえば、最初にアセスメントテストを実施し、成績が「高い群」と「低い群」に学習者を分ける。知識レベルに応じて、その後に与えるeラーニング教材の展開に変化を与える、といったパターンも考えられるかもしれない。
あるいは、最初に教室で集合研修を実施し、次にアセスメントで研修の理解度を確かめ、最後にeラーニングで復習させる、などもありえるかたちだ。いずれにしても、学習要素の選択と配列には、さまざまなパターンが考えられるが、その組み合わせ方の極意、とでもいおうか、「勝ちパターン」はわかっていない。しかし、せっかくの教育投資を有効に活かしたいのであれば、ここに「エビデンス:根拠」を見出す必要があると思う。そうでなければ、いつまでたっても、「いろいろな人が、自分の経験にしたがって、いろいろ言う」、という百家争鳴の状況、「わたしの教育論の応酬」が繰り返される。ブレンディッド・ラーニングの効果を検証し、エビデンスを見出すことについては、日本でも世界を見ても、ほとんど例がないのが現状だ。
ただ、これは「言うは易く、行うは難し」の典型だ。これをキチンと行おうとすると、厳密な実験計画に基づいて、ある程度のリソースをかけて、中長期的に調査を進めることが必要。私も興味はあるが、これは決して、個別の大学の研究室が単体で行える話ではない。産学連携の体制を組んで、共同研究を推進していくことが、求められているのではないだろうか。
ちなみに「eラーニング」と「教室での集合研修」の学習効果比較については、いくつかの先行研究がある。よく知られているのは、ノースカロライナ州立大、メリーランド大、テキサス工科大の研究だろう。結果は、「ほとんど学習効果は変わらない」。よくデザインされているeラーニングは、対面授業とほぼ同等の学習効果があるといってもよいのではないだろうか。