My Opinion ―① プロジェクトにおける仕事を通じた能力の向上
2002年、ロシュグループに加わった中外製薬は、その3年後に戦略マーケティングに基づく製品ライフサイクル戦略と領域戦略を強化するために、プロジェクト主導で臨床開発とマーケティングの融合を図る「戦略マーケティングユニット」を発足。
2005~2010年の6年計画で人財育成の変革を実行している。熊谷文男人財開発部長に、その取り組み課題と今後の展望をご寄稿いただいた。
トップを目指す新生中外製薬の活動
2002年10月、新生中外製薬が発足した。「革新的な医薬品とサービスの提供を通じて新しい価値を創造し、世界の医療と人々の健康に貢献する」ことを企業ミッションとして誓い、ロシュグループの最重要メンバーとして、国内外において革新的な新薬を継続的に提供する日本のトップ製薬企業を目指して新たな活動を開始した。
合併から2年あまりが経過した2004年、「Integration:統合」の時期は完了したと判断し、2005年から2010年までの6年間を「Transformation:変革」の期間と位置づけ、競争力を飛躍的に強化するための「変革への挑戦」をテーマとして設定した。目標実現への課題として、革新的新薬の創出および獲得、製品価値最大化、海外展開の進捗をあげた。
製品価値最大化の具体的な方策として、戦略マーケティングに基づく製品ライフサイクル戦略と領域戦略の強化を図ることが目玉の1つに加えられ、2005年、これまでのプロジェクトシステムをより発展させた形で「戦略マーケティングユニット(Strategic Marketing Unit:SMU)」を新たに発足させた。
具体的には、開発品・製品を主導とするライフサイクルマネジメントの新しいコンセプト、すなわち、顧客ニーズや製品育成の視点を臨床開発の早期から取り入れ、発売を経て製品が成熟化してライフサイクルを終えるまで、一貫した製品ごとのライフサイクルチーム(LCT)を編成し、プロジェクト主導で臨床開発とマーケティングの融合を図ろうとするものである。
ここでは、医薬品ライフサイクルマネジメントにかかわる人財の育成について、この変革期の現状を紹介し、今後のあるべき姿を考察してみることにする。
プロジェクトにおける育成の現状および課題
医薬品および医薬品産業の特異性
医薬品は、他の製品に比較して研究開発に長期間(10年間)、高額の費用(250億~350億円)が必要である。しかも、上市確率は1万分の1以下と言われるほどリスキーなビジネスである。
筆者が経験した例でも、厚生労働省への申請資料作成のための集計作業をしている最終段階で、ある副作用の相対的出現頻度の高さを発見して、そのために申請を断念したことがある。医薬品開発においては、いったん本格的な開発を始めてしまうと容易に方向転換ができず、化学構造が類似している化合物への変更もできない。乗り換える場合は振り出しへ戻ってのやり直しであり、それまでの開発費用はすべて溝に捨てることになるのだ。
医薬品の研究開発は、探索必要度を示す原因不確実性が高く(たとえばビール)、しかも、検証必要度を示す結果不確実性も高い(たとえば自動車)という両者を併せ持つきわめて不確実性の高い事業である。成功確率が低いため、売上に対する研究開発費比率が高く、他の業界ではほとんど見られない15~20%といった高値の企業も多い。
LCTコアメンバーの人財育成
LCTコアメンバーに必要な知識・スキルは、いわゆる一般的な業務知識や定型問題処理能力とは異なり、プロジェクトマネジメントやライフサイクルマネジメントを進める能力、非定型問題処理能力、論理展開力、ファシリテーションスキル、システム思考力、戦略立案能力などの高度なビジネススキル*1である。これらは、数年前から中外製薬でも本格的に導入し始めたスキルであり、まだまだOff-JTによる人財育成が主流である。
ちなみに、筆者らは、LCTコアメンバーの必須受講科目として、図表の研修プログラムをあげている*2。
PMBOK(Project Management Body of Knowledge)を基本に、製薬業界向けにカリキュラムやケーススタディーをアレンジしたプロジェクトマネジメント研修については、すでに150名が受講し、各プロジェクトのコアメンバーまでその知識とスキルが行き渡っている。WBS(Work BreakdownStructure)等の言語が共有され、チームビルディング、スケジューリング、リソースプランニング、リスクアセスメント等々の個別スキルを身につけたメンバーの数も増えてきた。その他の必須研修プログラムについても、すでに受講者が50~100名に達している。