TOPIC 2010HCSレポート 真のグローバル化のための人材育成 本気で人を育て始めた米国企業
2010 年 3 月21日~24 日にHCI 最大のイベント、「Human Capital Summit」が開かれた。
米国、アリゾナで開かれた本カンファレンスには、フォーチュン・グローバル500に選ばれた企業からエグゼクティブ400 名が参加。変化のスピードがますます加速する世界において、いかに企業が人材育成を行うべきか話し合いが行われた。
日本から唯一参加したサンブリッジ ソリューションズの小野りちこ氏に大会の様子を聞いた。
競争優位の源泉は資金調達力から人材へ
今年で設立5 周年を迎えるHCI*1(Human Capital Institute)最大のイベント「2010 Human Capital Summit*2」に参加してきた。今回のテーマは、一言で言えば「ファイナンシャルキャピタルからヒューマンキャピタルへ」というもの。これまで企業は資本金や資金調達力、つまりファイナンシャルキャピタルを中心に戦略を考えていたが、今後、世界で競争力を持ち、勝ち抜いていく企業は、企業活動を担う人材、すなわちヒューマンキャピタルを中心に戦略を考えている企業になるだろうということだ。
このことは初日の基調講演を行ったジェフ・コルヴァン(Geoff Colvin)氏の次の指摘が、端的に物語っている。
「私が社外取締役としてアドバイスをしているタイム・ワーナー社の資本金は約14 兆円ですが、時価総額は10 兆円。その差はマイナス4兆円です。資本金と時価総額の差こそ、その企業の人材が生み出した価値だと言えます。つまり資本金よりも時価総額が低い企業は、人材が企業の価値を最大化できていないということです。タイム・ワーナー社の人材が企業価値を引き上げていないのに比べて、企業価値を最大化している企業があります。グーグルやアップルです。これらの企業は資本金よりも時価総額が非常に高い。これはそれだけ同社の人材が、大きな価値を生み出す貴重な人材だということです。
グーグルが人材に焦点を当てていることは皆さんもご存知の通りです。働きやすい職場環境を与え、社員をモチベートするために企業のバリューを明確にメッセージしてきました。大手企業も、社員をどう意識づけするべきなのか、今一度真剣に考える必要があります」
コルヴァン氏は人事・経営戦略に関する著名な研究・編集者であると同時に、タイム・ワーナー社をはじめ多くの企業の社外取締役や顧問なども務めている人物。「人が大事」という主張は決して新しいものではないが、私はコルヴァン氏が初日の基調講演でこうした切実な訴えをしたことに米国企業の人材育成に対する危機感の強さを感じた。
さらに彼は、このような転換を実現するためには、「事業の優先順位の見直し」、「求められる人材の能力の再定義」、「人事評価の見直し」、「事業のコアコンピタンスの再点検」と「コアバリューに貢献する人材に対する継続的な投資」が必要だと主張した。「人に対する継続的投資」という言葉は、米国企業の明確な転換――人材は必要な時に市場で買うのではなく、企業内で育てていく――を示すものだろう。
この流れの中で、たとえばM&A も、事業を買い取ることが目的なのではなく、そこにいる価値の高い人材を得るためにこそ重要なのだ、という議論が出てきている。
米国企業がこのように人材投資を強化してきた背景には、日本企業と同様、グローバル化に対する危機意識がある。市場の変化を年単位から月単位で、しかもグローバルに俯瞰して対応できる人材が必要だからだ。もっとも米国企業も、簡単にグローバル化に対応できているわけではない。しかしそこから導き出される対応には、日米で大きな隔たりがある。
入社前教育に力を注ぐ米国企業
たとえばその差がわかりやすく出ているものの1 つが、新人教育である。これも米国企業の変化を感じさせるものだが、「人に投資する」といった時、まず投資すべきは「若手層」であるというのだ。日本では基礎的なコミュニケーション能力や学力が不足している若者が問題となっているが、実は同じことが米国でも起きている。その原因の1 つが、140 文字で“つぶやく”twitter。米国ではこれを大学生のほとんどが活用しているという。そのため「今の新人は、140 文字以上の文章やきちんとしたE メールが書けない」などと言われ、参加者から挙がる質問にも、どこまで企業で教育すればいいのかなど新入社員に関するものが多かった。
このような状況に対して米国で盛んに行われているのが、入社前教育だ。入社前から簡単な仕事を与えたり、資格を取らせたりとハードな課題を課す。同時に、メンターをつけて会社に対する帰属意識や愛社精神といったロイヤルティーを高めてもらうという、リテンションにも考慮した取り組みに注力している。