My Opinion① 「 自分で学ぶ力」と良質な経験が 中堅社員を熟達させる
ある領域において、「初心者」が、「見習い」「一人前」「中堅」を経て「熟達者」になるには最低10年かかると言われている。中堅社員が熟達者になれるかどうかは、質の良い経験を積めるかどうかにかかっている。本稿では、こうした成長のプロセスとともに、中堅社員に必要な能力や経験を紹介する。
壁を乗り越えられない中堅のローパフォーマー
「成人の能力開発の70% 以上は、直接的な経験によって説明することができる。つまり、良質な直接経験を積ませることが、優れた人材を育成していくためのカギとなる」――これが、経験学習の研究によって導き出された結論である。しかし現実は、環境の変化に伴い、ビジネスパーソンにとって必要な、経験からじっくりと学ぶ機会が減少している。また、経験の中でも失敗こそ “学びの果実”と言えるが、現場の失敗を許さない風潮は以前より明らかに強まっている。
心理学者のアンダース・エリクソンらは実証研究に基づいて、「各領域における熟達者になるには、最低でも10 年の経験が必要である」という“熟達化の10 年ルール”を提唱した。一方、ドレイファスは、熟達者に至るステップを5 段階に分けたモデル(図表)を提示している。一般にいう中堅社員は、このモデルにおける「一人前」から「中堅」の下層辺りの人材を指すと思われる。
「見習い」以上の段階に上がるには壁がある。第一の壁(見習い→一人前)は難易度が比較的低く、年数の違いはあれ大抵の人がクリアする。しかし、第二の壁(一人前→中堅)を越えられない人はかなり多い。本来能力があり、中堅として活躍して欲しい人材が一皮むけない事例は、多くの企業・組織で散見される。いわゆる“ローパフォーマー”問題だが、この第二の壁をいかにクリアさせるのか、または同じ「中堅」でも「熟達者」に近いポジションにどうやって上げればいいのかが現場で課題となっている。
以前、主要IT 企業社員のトップ層に熟達についてインタビュー調査をした。そこで多かった回答に、「以前は失敗を許容する環境があったが、最近は失敗できない」「縮こまって仕事をしている。冒険できない」というものがあった。
一方、あるセミナーで「以前と比べて、良い経験を積める機会は増えたか、減ったか」と参加者に聞いてみると、結果は半々であった。これは、採用抑制などによって起こった組織のフラット化や歯抜けによって若手に大きな仕事が与えられるケースが増えた反面、失敗は許されず、精神的なプレッシャーが増大していることを表している。現場で、挑戦的な良い経験を蓄積できる人材と、プレッシャーに負けて脱落してしまう人材の二極分化が起こっているのである。
安心と挑戦のバランスで中堅社員を伸ばす
未知の経験を積む際、組織学習論では「心理的安心感(PsychologicalSafety)」が重視される。人は、ある程度失敗しても許される環境がないと、チャレンジできないからだ。認知心理学の稲垣佳世子氏と波多野誼余夫氏の共著『知的好奇心』(中央公論新社)によれば、赤ん坊が好奇心旺盛で、さまざまな冒険ができるのも、母親という絶対的な安心感を与えてくれる存在がいるからだとされるが、大人も同様である。
社員に良い経験を積ませるには、第一に失敗を恐れずに挑戦できる環境をつくることが大切になる。
つまり、チャレンジを推奨しながら、安心というセーフティネットを張る施策を同時に行うことが、社員のチャレンジ精神を促進し、ひいては中堅社員を伸ばすことにつながるだろう。
もう1 つ重要なのが、上司の質である。家族心理学者の柏木惠子氏は、子どもがより良く育つ条件として、「親が成長すること」を挙げている。子どもに「勉強しろ」といくら言っても、自ら学んでいない親の子どもは勉強しない。企業の上司部下の関係も同様で、上司が学習せず、伸びていない組織では、部下も伸びていない傾向が強い。上司が部下に教えるべきことは、「自分で学ぶ力」だ。自分の役割を見極め、意見を言い、自らを動機づける力。特に企業を支える中堅社員には、このような力をつけさせることが重要である。