巻頭インタビュー 私の人材教育論 中堅社員を刺激して組織の土壌を改革し 業界全体の変革を担う組織へ
1986 年から20 年連続増収増益を誇った食品流通業界の超優良企業、菱食。
三菱商事グループの食品中間流通を担う中核企業である。
この名門企業に2006 年、外から新しい風として転じてきたのが中野勘治氏。
多様化する生活者のライフスタイルに沿ったものを中間流通側から提案するという、流通パラダイムシフトが起きている今、業界全体そしてそれを支える組織、人材も変わらなければならない。
しかし同社では、上意下達で縦割りの組織風土が出来上がってしまっていた――そこで、危機感を抱いた中野氏が同社の中堅社員を中心にして始めたのが「トップガン・プロジェクト」であった。
カリスマを超えて
―― 中野社長のご経歴を見て驚きました。生え抜きではなく、ニチレイご出身なのですね。いわば“外様社長”でいらっしゃるわけですが、社長に就任されるや否や“トップガン・プロジェクト”なる組織改革策を導入されました。まずこのプロジェクトについてお伺いしたいのですが。
中野
よく“異色の人事”だとか“異分子社長”だとか言われていますが、当社がそのような異色人事を行う背景には、行うだけの事情がある。ご存知かもしれませんが、菱食は20 世紀まで、アズナンバーワンと言われたほど、素晴らしい成功体験を持った会社でした。
―― 20 年連続増収増益という、超優良企業でした。
中野
それが21 世紀に入って完全に行き詰まってしまった。2006 年度をピークに売上高は下降線をたどり、利益額もまた減少の一途をたどっていくことになる。凋落の原因は何か。実は食品マーケットに、大きなパラダイムシフトが起こっていた。カリスマ経営者とまで言われた当時の会長、廣田正がそれに気がつかなかったはずはないのですが、過去の成功体験に引きずられ、そのまま引っ張り続けてきてしまった。それが行き詰まりにつながっていったと言えます。そんな中、私は廣田から「お前、菱食に来て手伝え」と引っ張られ、2006 年に副社長、2008 年3 月に社長に就きました。食品の卸売、中間流通業の経験がなく、メーカー出身だったことが引っ張り上げられた要因でしょうな。卸しとメーカーでは発想が全然違いますから。
―― 卸売業とは違った目でこの会社を見つめ直して欲しい、と。
中野
私はフィールドを分析してみて、当社に一番大事ものは何かと考え、気づいた。それはコミュニケーション。コミュニケーションが当社には決定的に欠けていると感じました。なぜコミュニケーションが欠けてしまったのかと言えば、カリスマ経営者のもと、現場は上意下達、経営者の指示命令は絶対という風土に慣れてしまった。さらに上には現場の声がなかなか届かない。中間管理層は現場を見るより、上を見ながら仕事をするようになってしまっていた――。
―― そこでカリスマ依存体質からの脱却が必要だと考えられたわけですね。
中野
はい。また、もう1 つ気づいたことは、「顧客」を見失っているということ。我々の「顧客」はいったい誰か。食品を扱っているわけですから、その意思決定権は当然女性が握っている。実は、我々の顧客の80% は女性なんです。にもかかわらず、当社では女性がまったく登用されていなかった。男社会なんです。この異様な風土をどう壊していくか。それも抵抗を受けずに、徹底的に壊していくにはどうすればいいのか――。
そこで始めたのが「トップガン・プロジェクト」です。『トップガン』とはご存知の通り、トム・クルーズ主演の大ヒット映画の題名。米国海軍の訓練学校で世界最高のエリートパイロットを養成する姿を描いた、あの映画から取りました。あのぐらい激しく、ドラマチックな風土改良をしていこうということです。
自社は10年後に存在するのか?
―― トップガン・プロジェクトの具体的な内容を教えてください。
中野
まず全社から30 歳から35 歳までの優秀な人材、男女15 人を選抜して、ある問題を投げかけることから始めました。その問題とは「10 年後に菱食は存在していると思いますか」というもの。これに対し、全員が「NO」と答えた。問題意識を持っている優秀な若手なら当然そう答えると思っていました。
そこで「存在していないと思うのであれば、どうすればいいか、自分で考えてみろ。10 年後なんてすぐに来るぞ」と次の問題をぶつけたわけです。すると、それまで自分の頭で考えなくなっていた彼らが考え始め、日常業務をこなしながらの多忙な日々であるにもかかわらず、わずか3 カ月半で見事な答申案を提出してくれました。