THEME「会社と個人の関係」 限界に達する雇用システム キャリアの自律支援で 内向き組織からの脱却を
20 世紀も終わりに近づいた1999 年1月号の小誌で、大胆な予測を交えながら
「個人と会社の関係は、今後大きく変わる」と語ったのは自律的キャリア論で知られる高橋俊介氏。
それからおよそ20 年。個人と会社の結びつきはどのように変化したのか。
高橋氏に再び考察いただいた。
3つの無限定性、手放す時
―今、改めて1999年1月号の記事をご覧になり、どのような印象を受けましたか。
高橋俊介氏(以下高橋)
当時の特集では、経営環境、労働市場が大きく変化する中、個人と会社の関係もまた変わることを、監修の立場から指摘しています。手前味噌にはなりますが、「あの時、言った通りになっているじゃないか」というのが実感です。
―1990年代末といえば、第2次平成不況に金融ビッグバン、ITバブルと経済社会が大きく動いた時期です。
高橋
大学卒業後、正社員になり、同じ会社に定年まで勤め上げるという働き方は高度経済成長期に主流になりました。ただし、正社員は「どんな仕事でもやる」「何時まででも働く」「どこにでも転勤する」という3つの無限定性に縛られていました。だからこそ会社は年齢に合わせた賃金カーブを労働組合と協議したり、社宅を用意したりし、彼らの人生を背負ったのです。つまり、終身雇用と3つの無限定性は、日本の雇用制度の両輪をなしていたといえます。
このシステムは、バブルが崩壊してもしばらくは当たり前に機能していました。その間、企業は経営が苦しい中、何とか生き残ろうといろんな延命策を講じてきたわけですが、景気後退だけでなく経営環境の変化も大きく、これまでのやり方ではうまくいかなくなってきた。それがいよいよ露呈したのが1997年です。この年、山一證券など複数の金融機関の経営破綻、大手メーカーの大規模リストラが相次ぎました。「一流企業に入社できれば一生安泰」という常識が覆り、従来の雇用システムに大きな亀裂が入りました。
―それから20年、非正規雇用の増加や地域限定職の導入など新たな動きもありましたが、正社員の「3つの無限定性」は、大きく変わっていないようにも思えます。
高橋
3つの無限定性は社員を思うままに動かせる武器ですから、会社としては手放したくなかったんです。本当は1997 年の時点で、「社員を一生面倒見るのは難しい」と分かっていたはず。それならば、もっと早い段階で個人の人生選択を重視する仕組みに切り替え、激しい転勤や長時間労働をこなすのは一部のエグゼクティブに限定すればよかった。しかし、会社はそれをせず、「人を大切にする」と言いながらひたすら時間稼ぎをしてきました。それもいよいよ限界に達しているのが今なのだと思います。
働き方改革も女性活躍も、これまでの雇用システムでは立ち行かなくなったからこそ出てきた議論。さらに「同一労働同一賃金」の議論が真剣になされるようになれば、それはもう「従来のような正社員雇用はもはや無理だよ」と社会が言っているようなものです。