人材教育最前線 プロフェッショナル編 大切なのは“気づきの場の提供” 本質を見極め、改革を推進する
ワコールといえば、女性用インナーウェアにおける世界的ブランドである。創業以来、女性の美に貢献するポリシーは一貫しており、今では世界50 カ国以上で商品が展開されている。
ただ、その華やかなイメージとは裏腹に、やるべきことに愚直に取り組むのが同社の社風だ。中途入社し、人事をはじめとする複数のポジションを経験した長谷川氏は、常に本質を見極める姿勢を崩さずに、必要な改革を実施してきた。そんな自らの経験も踏まえて、人が育つための場の重要性を語る。
抜本的な人事制度改革に着手
ワコールグループの目標は「世の女性に美しくなってもらうことによって広く社会に寄与する」ことだ。このように聞き、扱う商品を思い浮かべれば、スタイリッシュな現代風の会社をイメージするだろう。ところが「転職して、まず感じたのが、意外なほど濃密な人間関係をベースとして成り立っている企業であること。ベタな社風といえば、ニュアンスが伝わるでしょうか」と、人事部長の長谷川貴彦氏は、同社の第一印象を振り返る。
創業者の理念や今後の事業展開の可能性に魅力を感じて、1989 年、27 歳の時に中途入社。新宿店で経理や総務の業務を担当した後、1997 年に京都本社の人事部に異動。ここから人事マンとしての本格的なキャリアがスタートする。
長谷川氏は同社の現在の人事制度のベースとなった制度構築に関わり、従来の年功序列型職能資格に基づく制度を、成果主義による評価制度へと転換するドラスティックな改革に取り組んだ。
「バブルが弾け、成長も鈍化する中、従来型のエスカレーター式昇進を続けていては、いずれ経営が維持できなくなる。そう思っていた矢先、異業種が集まる人事の研修会に出てみると、既に次を考えて手を打っている会社を目にしました。このままではいけないと、すぐに人事部長に掛け合い、改革チームを組んでスタートしたのです」
人事制度の根幹を覆す制度改革が実現するまでには、3年の歳月を要した。その間、長谷川氏は新制度への理解を深めるための研修に、全国はもとより、海外の事業所まで飛び回った。
「新制度導入後は、お前に給料を下げられたなどと、嫌味を言われたこともありましたが、幸運だったのは、当社には固有の社風があったこと。抜本的な制度改革を行う際に、最大の抵抗勢力となるのは一般的に労働組合ですが、当社では、労使協調が共通の価値観となっているため、労使の合意があれば物事は確実に進む。だから改革チームでのプラン作成に際しては、組合との密な話し合いを重ねました」
組合の賛同も得た思いきった改革は、その後同社が飛躍するための土台となった。
ワコールにおける多彩な人材育成のためのプログラムは、ワコール寺子屋と呼ばれている。ワコール寺子屋は、階層別支援、キャリア開発支援、自己啓発支援など、公募型を軸とすることで従業員の自発性を重視したサポート制度とし、自律革新型人材の育成に努めているのが特徴である。
人事を完遂、自ら異動を願い出る
人事制度改革をひと通り仕上げると、長谷川氏は自ら異動を願い出た。
「自分の中で明らかに一区切りついた感覚があったので、上司に次は事業部門に行かせてほしいと願い出ました。とはいえ本業であるモノづくりに、40 歳になった素人が今さら入り込んでも迷惑なだけですので、少しでも得意分野を活かせるビジネスということで、人材派遣を手掛ける子会社に行かせてもらうことになりました」
人事部で企画を仕切っていたエース級の人材が、子会社に出向する。普通なら「何かしでかしたのか」と勘ぐられるところだが、長谷川氏は全く意に介さなかった。