学び方改革2 ダイナミックスキル理論に基づく 能力の成長プロセスと メカニズムで見直す企業内教育
今後、「学び方改革」として、企業内教育の効果を上げていくためには、人の能力の特徴を押さえて、改革の方向性をつかむ必要がある。
そこで成人発達理論の1つである「ダイナミックスキル理論」の考え方のエッセンスを、知性発達科学者であり、成人発達理論の研究者である加藤洋平氏に寄稿いただいた。
はじめに「ラーニング・リテラシー」の欠如
「ラーニング・リテラシーの欠如」という言葉を聞いて、どのようなことを思い浮かべますか。私たち日本人は、世界で最も高い識字率を持っています。しかし、言語リテラシーがあるからといって、学びに関するリテラシーも十分にある、ということにはなりません。
「学ぶ」ということの奥には、極めて複雑なプロセスとメカニズムが横たわっています。そうした奥深いプロセスやメカニズムに対して盲目であっては、成長につながる学びを実現させることは難しいのが実情です。現代を生きる私たちは、その点において、「ラーニング・リテラシー」が欠如した状態に置かれています。
世の中の複雑化に伴い、これまでの学び方が通用しなくなっている経験をしている方も多いでしょう。従来までの学び方が通じなくなり、継続的な成長を実現できないひとつの大きな要因が、私たち自身のラーニング・リテラシーの欠如と考えられるのです。
情報技術が進み、さまざまな情報をたやすく得られるような社会情勢の中に生きているにも関わらず、ラーニング・リテラシーが低いのは、私たち日本人だけなのでしょうか。
実際にはそうではなく、情報に溢れ、変化の激しいこの現代社会に生きる多くの人々は、等しく「学び方」の問題に直面しています。私は、以前マサチューセッツ州のレクティカという人材育成・人材研究機関に在籍していたのですが、そのクライアントであったFBIの捜査官やCIAの諜報員といった優秀な頭脳を持つ人たちでさえ、成長につながる学びを実践していくことが難しいということを目の当たりにしました。
それでは、FBIやCIAといった組織は、どのような取り組みをすることによって、組織内の人たちのラーニング・リテラシーを高め、成長につながる学びを支援して行ったのでしょうか。その取り組みの根幹にあったのが、本稿で紹介する、ハーバード大学教育大学院教授のカート・フィッシャーが提唱した「ダイナミックスキル理論」と呼ばれるものです。
FBIやCIAが直面していた「学び方」「育て方」問題
私たちを取り巻く現代社会の状況は、日々複雑性を増し、それに応じて、私たちが直面する課題もますます複雑化しています。本稿の「学び方改革」のみならず、「働き方改革」という言葉が昨今叫ばれているように、私たちはこうした複雑な現代社会でどのように学び、働くかの転換を迫られています。とりわけ、こうした状況は企業社会において顕著に表れています。
企業社会の複雑性が増加することに応じて、 いかに学び、いかに人を育てるのか、という課題もますます複雑化しているといえるでしょう。FBIやCIAといった国家機関においても、状況は同様です。FBIの捜査官やCIAの諜報員が直面していたのは、与えられる課題の複雑性に耐えうるだけの能力を持てていない、ということでした。さらに、自分たちの現在の能力レベルが不明確であり、直面する課題を乗り越えていくためのさらなる能力レベルに到達するにはどうしたらいいのか、という問題を抱えていました。
つまり、FBIにせよCIAにせよ、現在の能力レベルを把握し、個人がいかに学び、その学びをいかに成長につなげていくのかが課題だったのです。まさにこれらは、多くの日本企業が抱える課題ではないでしょうか。
また、現在の日本企業の人材育成方法と同様に、FBIやCIAにおいても、階層別や職種別の集合教育、さらにはeラーニングや選抜教育などの個別支援も行われています。しかしながら、それらのどれもが目ぼしい効果を生み出していませんでした。
目立った効果がなかった理由は、それらの研修や教育には、学びに潜むプロセスやメカニズムに関する科学的な知見が欠如しているからでした。そこでFBIやCIAが注目したのが、成人の成長や学びのプロセスとメカニズムを解き明かす「成人発達理論」でした。その中でもとりわけ、先述の「ダイナミックスキル理論」が注目を集め、人材評価と人材育成に積極的に活用されるようになったのです。
「ダイナミックスキル理論」とは
それでは、カート・フィッシャーが提唱した「ダイナミックスキル理論」とは、どのような理論なのでしょうか。