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変革ドライブ企業に聞く!
SAPジャパン株式会社①

業務管理システム(ERPパッケージ)の提供で知られるSAPは、リーマンショックでの経営危機を経て、2010年、事業のグローバル化・多角化戦略に舵を切った。それに伴い、各国で異なっていた人事も、グローバル人事へと改革が図られた。包括的なタレントマネジメントを支援するソリューションを提供することで知られる同社自身が、自社のカルチャーを変える、ドラマチックな人事改革を行ってきているのである。
その過程と方法について、人事・人財ソリューションアドバイザリー本部長の南和気氏、人事本部HRビジネスパートナー シニアコンサルタントの濱岡有希子氏に聞いた。

2018年11月01日

変革ドライブ企業に聞く!SAPジャパン株式会社

業務管理システム(ERPパッケージ)の提供で知られるSAPは、リーマンショックでの経営危機を経て、2010年、事業のグローバル化・多角化戦略に舵を切った。それに伴い、各国で異なっていた人事も、グローバル人事へと改革が図られた。包括的なタレントマネジメントを支援するソリューションを提供することで知られる同社自身が、自社のカルチャーを変える、ドラマチックな人事改革を行ってきているのである。

①グローバルリーダーとイノベーターを選抜育成する仕組み

■2010年~15年:各国最適人事からグローバル人事への転換

1972年の創業以来、順調に事業を拡大してきた同社は、2008年に大きな危機に直面する。リーマンショックと、30年以上続けてきたERP事業が先進国にほぼ行き渡るタイミングが重なり、事業の成長が著しく損なわれる事態に陥ったのである。

 「幸い、危機を乗り切ることはできましたが、この時の最大の学びは、リーマンショックのような事態は必ずまた起こるということでした。そこで、この時のような経営危機に陥らないような企業体質にするために、2010年、これまでERP1本だった事業の多角化を進めるとともに、先進国中心に行ってきた事業をグローバルに展開できる体制に強化する方向へと、大きく経営の舵を切りました」(南氏)

2010年に発表した経営戦略では、その時点で売り上げのほとんどを占めていたERP関連事業以外の新規事業を立ち上げて、5年間で事業規模を倍増する目標が掲げられた。目標を達成するために、大きな課題となったのが、まさに“タレント”だった。

「それまで、SAPは本社のあるドイツで製品をつくり、それを各国法人の社員が、それぞれの国内顧客に販売するというビジネスモデルだったため、人事施策は各国最適でバラバラに行われていました。ところが、新たな経営戦略では、国を問わず新規事業を立ち上げ、当時の成長マーケットだったBRICsなどに国を超えて人材を送り込むことが求められたため、新規事業や新興国での事業を担えるリーダー不足に直面したのです」(南氏)

そこで、人事では、国ごとに異なっていた人事施策を、グローバルな視点で見直し、リーダーを選抜・育成することが急務となった。

グローバルリーダーの選抜・育成
南 和気氏
SAPジャパン
人事・人財ソリューションアドバイザリー本部 本部長

リーダー候補を選抜するには、国ごとに異なっていた評価基準をグローバルで合わせ、同じ基準で人材を見ていく必要がある。そこで「9ボックス」を導入し、「パフォーマンス」と「リーダーとしての素養(ポテンシャル)」の2つの軸で、世界中の社員をプロットし、当時約6万5,000人いた全社員の中から10%(のちに5%)をリーダー候補として選抜することにした。

 「パフォーマンスに関しては5段階評価の人事考課を使いましたが、難しかったのがポテンシャルをどう評価するかです。当初は、少しでも客観的に評価しようとコンピテンシーを導入しました。しかし、コンピテンシーというのは、グローバルに導入しようとすると、コミュニケーション能力、リーダーシップといった各評価項目について、その捉え方に大きくバラつきが出ます。時間をかけられれば浸透するのですが、我々には時間がありませんでした。そこで、すぐに方向転換し、3段階のシンプルなポテンシャル評価軸を導入しました」(南氏)

 3段階の1段目は、今の仕事ができるレベル。2段目は、1つ上の役職ができるレベル(課長→部長、部長→本部長など)。そして3段目は、斜め上、つまり異なる職種や異なる国の1つ上の役職ができるレベル(人事課長→経理部長、日本の人事課長→他国の人事部長など)。パフォーマンスの5段階評価とポテンシャルの3段階評価により、15のマス目ができる。この評価の仕組みによって、グローバルリーダーの候補者である「ファストトラッカー」を、国籍・年齢・性別を問わず、世界中から選抜する。当初は全社員の10%で約5,000人、その後は5%で2,000~3,000人を毎年選抜した。

 ファストトラッカーは、新たなチャレンジを与えて育成する。「人が成長する過程において、経験が最も重要」(南氏)との考えからだ。具体的には、毎年のサクセッションプランニング(後任者計画)において、国や地域の責任者、事業責任者による議論に基づき、BRICsや新規事業などの重要なポジションに就かせて結果を出させる。ただし、優秀だからといって、必ずしもグローバルで活躍したい社員ばかりとは限らない。キャリアに様々な選択肢を設けるため、本人が望まなければ、ファストトラッカーには選抜しないようにした。

こうした取り組みでグローバルリーダーを増やしていった結果、2010年に掲げた事業規模を倍増するという目標を2016年に達成することができた。

「2010~15年の間、リーダーの選抜育成、そして人材のグローバル化に取り組んだ結果、9名いる本社のボードメンバーも、以前はほとんどが50歳代前後のドイツ人でしたが、国籍も性別も年齢も多様化しました。例えば、2名は女性が担い、COOは37歳(就任時は35歳)です。

このように、従来のリーダーと異なるタイプの人材を育成し、チャレンジを与え、要職を任せることで、サクセッションプランニングの中でもリーダー像に関する価値観の共有ができ、あえて制度として選抜する必要がなくなってきました。

そして、2015年からの新たな事業戦略の実現のため、2017年からファストトラッカーの選抜制度をいったん廃止し、次のフェーズへと進んでいきました」(南氏)

■2015年~:イノベーションの“触媒”役を育成

次の2015~20年の中期事業計画では、さらに新規事業を伸ばすことで、事業規模を1.5倍にする目標が掲げられた。そこで新たな人事課題となったのが、イノベーションを促すカルチャー作りと人材の育成だ。

「我々の主力製品だったERPは、ある意味インベンション(発明)でした。それまで世界に存在しないものだったため、長く事業を継続することができています。しかし、これからは、情報の流通が速くなり、新たな商品はすぐに模倣されてしまう時代です。ですから、長い時間をかけて“インベンション”に巨額の投資をするよりも、すでに世の中に存在するものを組み合わせて新たな価値を創り出す“イノベーション”によって効率的に新しい事業を生み出していきたいと考えています。

そして、イノベーションを促進できる人材とは、コミュニケーション能力に長けて、フットワークが軽く、ネットワーキングができる人材であり、古いものに囚われず、新しい世界に飛び込んでいけるような人材です。現在は、そういう人材を育成することに力を入れています」(南氏)

濱岡 有希子氏
SAPジャパン
人事本部HRビジネスパートナー
シニアコンサルタント

このような人材は、「SAPカタリスト」と名づけられている。カタリストとは「触媒」のことだ。

「変革的な考え方ができる、それをチームメンバーに伝えて実行までリードできる、周囲にポジティブな影響を与えているなど、9つの定義があり、その定義に合った人材を選抜しています」(濱岡氏)

カタリストはポジションではなく、自分の部門や仕事の中で、周囲を巻き込みながらイノベーションを促す存在だ。

「年に一度、全社員の10~15%が選抜され、あらゆる部門に存在するようになっています。直属のマネジャーが推薦し、さらに上のマネジャーや関連部門のマネジャーも含めて検討したうえで決定されますが、カタリストの選抜についても、ファストトラックと同様、本人の意思が尊重されます」(濱岡氏)

選抜されると、カタリストのみが参加できる育成プログラムが1年を通じて提供される。内容としては、興味のある部門を体験できるフェローシップ、経営者について、どのように意思決定をしているかを直に学ぶシャドーイング、自己理解を深める研修、イノベーションをテーマにしたワークショップなどがあり、世界中のカタリストがネットワーキングできる仕組みも用意されている。

「イノベーションというのは、天才的なイノベーターが1人で次々に起こしていくようなものではないと考えています。仕事やお客さまを日々深く観察する中で、ある日気づきが得られる。その気づきを別の誰かと共有することによって、異なる視点が生まれ、その種が生まれてくるようなものです。しかも、変化に対応していくためには、1つのイノベーションで終わりではなく、連続して起こしていく必要があります。ですから、会社全体で取り組む必要があるのです。そのために、カタリストがフェローシップで他の部署に行って新たな気づきを得たり、ファシリテーターとなって他の社員の気づきを促したりする役目を担います。

カタリストを通して、社内にイノベーションを起こすカルチャーをつくることが真の目的なのです」(南氏)

■「事業コンテスト」でイノベーションを促進

 イノベーションを促進するための、もう1つの取り組みが「事業コンテスト」である。日常業務の中だけでイノベーションを起こすのは難しい面もある。そこで、毎年事業コンテストが開催され、新しいビジネスのアイデアがあれば、自由に応募できるようになっている。テーマは「ワン・ビリオン・ライブス」。10億人の命や生活を良くしていけるような事業であれば、内容は問わない。企画書はコンセプトレベルで構わない。社内の人や顧客、ベンチャー企業などと組んで応募することも可能だ。優れた企画は世界中の社員の投票によって選ばれ、経営陣の前でプレゼンを行い、認められると、実際に事業のプロトタイプにチャレンジすることができる。すでに、世界で何十ものプランが進行中だ。

「イノベーションを起こすためには、失敗を許したり、日々の仕事の中に“余白”を設けたりする必要があります。事業コンテストは、そのための場の1つです。こうした機会を用意することで、普段の職務の中では発信しにくい「アイデアを出す場」を作り、イノベーションを促進する組織にしていくことが大切だと考えています」(南氏)

イノベーションカルチャーの醸成に注力するSAP。同様に、もう1つ力を入れているのが新卒採用だ。次回は、SAPの新卒採用と育成の取り組みについて紹介する。

ARCHIVE
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変革ドライブ企業に聞く!SAPジャパン株式会社

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2010年、事業のグローバル化・多角化戦略に舵を切ったSAP。戦略実現のためにグローバル人事が今、注力しているのがイノベーターの育成だ。第1回では、イノベーションの「触媒」役の選抜・育成と「事業コンテスト」を紹介した。今回はもう1つの柱である新卒採用・育成の取り組みについて、引き続き人事・人財ソリューションアドバイザリー本部長の南和気氏、人事本部HRビジネスパートナー シニアコンサルタントの濱岡有希子氏に伺った。

2018年11月01日

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(09-10月号連載「議論白熱」拡大版)

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