J.H.倶楽部

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Learning Design 2020年09月刊

気づきのエンタ ART 日本美術家列伝 室町〜江戸時代前期篇 利休後の茶の湯に新たな美意識を持ち込んだ古田織部

人材開発担当者にご紹介したいエンタメ情報です。
仕事の合間の息抜きにぜひ!

矢島 新(やじま あらた)氏

跡見学園女子大学教授。東京大学大学院博士課程中途退学。渋谷区立松涛美術館学芸員を経て現職。
専門は近世を中心とする日本宗教美術史。
著書に『日本の素朴絵』(ピエ・ブックス)、『マンガでわかる「日本絵画」の見かた』(誠文堂新光社)など。ゆるカワ日本美術史』(祥伝社)など多数。

織部は武将である。信長や秀吉に仕え、賤ヶ岳の合戦や小牧・長久手の合戦にも参陣し、それなりの武功も上げたようだ。ただ武将としては歴史に名を遺すほどの存在ではなく、その名は茶人として語られることがほとんどだ。知名度は師匠である千利休に及ばないが、弟子の中では抜きんでた存在であり、造形の歴史において大きな役割を果たしたアーティストであった。

茶人織部を伝える逸話は数多い。あるとき利休が集まった弟子たちに「瀬田の唐橋の擬宝珠の中に見事な出来のものが二つあるが、見分けられる者はいるか」と問うたところ、織部は何も言わずに1人その座を離れた。夕刻に戻ると、京から瀬田まで早馬を飛ばして擬宝珠を見てきたという。一同が織部の美への執心に感心したのは言うまでもない。

「破格の美」を生み出す織部の造形力

利休は好みの茶碗を瓦職人長次郎に焼かせたが、織部もまた好みの茶器を焼かせている。師と同じくデザイナーとして自らを表現したわけだが、その志向は師とは異なる。織部好みの茶碗を「へうげ(ひょうげ=剽軽)もの」と評した当時の記録があるが、あくまでオーソドックスな造形を好んだ利休とは対照的に、破格の美を好んだ。今に残る織部好みの茶陶を見ると、形のゆがみはむしろ好むところで、時にはひびが入ったものまで使っている。

古田織部の名は知らなくとも、緑色の釉薬がかかった織部焼をご存じの方は多いだろう。その多くは手鉢(図)や向付(むこうづけ)のような料理を盛る器で、大きな窯で焼いた量産品である。近年京の町で当時のクラフトショップの遺構が発掘され、大量の織部焼が出土して関係者を驚かせた。その店は織部と深く関係しており、織部プロデュースの食器を販売していたらしい。それらの出土品には、慌てて廃棄された形跡が認められるという。

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