J.H.倶楽部

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Learning Design 2020年01月刊

特集1│OPINION3 デザインを“自分ごと”としてとらえる デザインを経営の中枢に据え 想いをもって壁を突破せよ

混沌とした時代にあって、企業がイノベーションを起こし、成長していくためには、「デザイン」をどうとらえるべきか。
デザイナーとして様々なプロジェクトに携わり、デザインの重要性を示してきたエムテド代表取締役の田子學氏に聞いた。

田子 學(たご まなぶ)氏
エムテド 代表取締役 アートディレクター・デザイナー/
慶應義塾大学 大学院 SDM 特別招聘教授

profile
東芝デザインセンターにて家電、情報機器デザインに携わった後、リアル・フリート(現アマダナ)のデザインマネジメント責任者を担当。
2008年エムテドを起業し、現在は幅広い産業分野のデザインマネジメントに従事。
デザインを社会システムとして活用することをモットーに、コンセプトメイクからブランドの確立を視野に入れ、社会に向けた新しい価値創造を実践する。
GOOD DESIGN AWARD、InternationalDesign Excellence Awards など国内外のデザイン賞受賞作品多数。著書に『デザインマネジメント』『突き抜けるデザインマネジメント』(ともに日経BP社)など。

[取材・文]=崎原 誠

デザインの本質は「意匠」ではなく「設計」や「計画」

企業の戦略において、「デザイン」が目標達成の有効な手段になるという認識が広まりつつある。しかしその一方で、デザインというものを誤解しているのではないか、と思うことがしばしばある。

デザインは、日本では、色や形を決める「意匠」という限定的なとらえ方をされることが多い。確かに、かつてはそういう見方が一般的だった。“狭義のデザイン”としてそうしたイメージをもつことは否定しないが、それはデザインの本来の意味ではない。

デザインとは、社会・経済活動において、人の感情を揺さぶるエモーショナルな作用を含めて、1つの形態や形式にまとめ上げる総合的で創造的な「設計」、あるいは「計画」である。

デザインの語源をひもとくと、デッサンと同じく、「記号化」というのがもともとの意味だ。たとえば、人々をある方向に誘導したい場合、「こちら側に目的地があります」と文章で示す方法もあるが、それではその言葉を読める人にしか伝わらない。では、何カ国語も併記するのか。いや、そんな非効率なことをしなくても、矢印を1本描くだけで、どちらに進めばよいか伝えることができる。記号化するうえで一定のセンスは求められるが、大事なのは図柄の色や形ではない。

つまりデザインとは、目的に向かい、どう工夫してどう表現するかということである。仕事やプロジェクトに置き換えれば、デザインとは一人ひとりが自分ごととしてとらえるべきものであって、決してデザイナーだけが関与するものではないということだ。

デザイナーは右脳のエンジニア

ではデザイナーは何をするのかというと、プロジェクトの全体を見て総合的にデザインするプロジェクトマネジャー的な役割が挙げられる。ただし、従来型のプロマネとは少し異なる。別々のものを結びつけたり、今までにない方法を思いついたりするのがデザイナーの強みなので、決まったプロセスを遂行するのではなく、新たなものを生み出しながら創造的に設計・実現していく。この過程でイノベーションの創出が期待できるため、今、「デザイン」に対する注目が高まっているのだ。

先ほど、デザインについて、「人の感情を揺さぶる」と述べたが、もし使い手がロボットであるならば、感情に訴える必要はもちろんない。しかし、使うのは人間である限り、人間が「なんかいいよね」と感じることが大切だ。そうした数値で測れない人の気持ちを汲み取るのも、デザインの特長なのである。

しかし、デザインは「アート」ではない。アートは、個人の思想や情熱に基づく芸術作品。誤解を恐れずに言えば、ひとりよがりともいえる。一方、デザインは、多くの人の共感を得ながら、社会全体をより良いものにしていくためのものなのである。

アートとデザインの違いを理解するうえでは、アーティスト、デザイナー、サイエンティスト、エンジニアの4者をマトリクスで示すとわかりやすい(図1)。アーティストとデザイナーは右脳の分野、サイエンティストとエンジニアは左脳の分野である。同じ左脳の分野でも、サイエンティストが自己探究型であるのに対し、エンジニアは他者と協働して課題をクリアしていく。このサイエンティストに近いのがアーティスト、エンジニアに近いのがデザイナーである。

デザインは、人々の感情に作用し、社会に影響を及ぼすものなので、1人の考えだけではどうにもならない。多くの関係者が「こうした方がいい」「ああした方がいい」と話し合い、それをまとめ上げていく必要がある。にもかかわらず、アートのようにとらえてしまうから、デザインを他人ごととし、「私にはセンスがないから、デザイナーさんにお任せします」などと言う人が出てくる。それは、おかしな構図である。繰り返しになるが、デザインとはそういうものではなく、自分ごととしてかかわる必要のあるものなのだ。

アメリカに学ぶ日本変革はまだ緒に就いたばかり

日本でデザインの重要性が強調されるようになったのは、日本がお手本としてきたアメリカの影響だ。かつて欧米諸国は、産業革命による工業化に成功し、おおいに発展を遂げた。しかし、1960~70年代、日本はその技術を学び、安価な労働力と巧みな技巧によって攻勢をかけた。そこでアメリカが打ち出したのが、「脱工業化」による情報革命という考え方だ。それを礎として、今、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)とよばれる米国発のIT 企業が世界を席巻している。アジア諸国の成長によりその座を脅かされている日本は、再びアメリカに学ぼうとしている。

しかし、その取り組みは十分とはいえない。よく、「日本にはなぜアップルのような企業が生まれないのか」と言われるが、工業化による成功体験をいまだに引きずっているのだから、当然のことだ。日本にもIT 産業はあるが、アメリカが情報と産業を結びつけた「IoT」を進めているのに対し、日本は工業とITが2本柱になっていて融合できていない。

「こことここをつなげれば、もっと強みが出る」といったシナジーを考えるのは、デザイナーの得意とするところだが、従来型の経営はその力を使わず、数値管理ばかりしている。そのため、「ここの売り上げが伸びているから、こちらに集中しよう」といった対策しか打てず、柔軟で創造的な発想が生まれにくい。それが今、日本の産業が疲弊している理由の1つだろう。

デザインを経営の中枢に

だからこそ、経営の中枢にデザインを据える必要がある。欧米では、すでにデザインを中枢に据えた経営が実践され、大きな成果を上げている。GAFA の経営を見てもその通りで、アップルを率いたスティーブ・ジョブズのようにデザインマインドをもった経営者も多い。会社の価値を生み出す鍵となるのはデザインだと理解し、デザインが経営の成長に結びつくという認識が浸透しているのだ。

一方、日本の多くの企業では、デザイナーやデザイン部門は組織の末端にあり、ガチガチの仕様が固まってから、「こういう企画ができたので、デザイン(意匠)を考えてくれ」と降りてくる。これでは、価値を引き上げる創造的な提案などできるわけがない。

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