Chapter2│CASE1 伊那食品工業 会社があるのは社員の幸せのため 安心・希望とともに幸せに働ける “社員は家族”を貫く年輪経営 塚越英弘氏 伊那食品工業 代表取締役社長
愛される企業といえば、長野県の寒天メーカー・伊那食品工業抜きに語ることはできない。
社員の幸せ” を利益より上位に掲げながら、市場シェアはトップを誇る。
安定した成長を続けながら、いかに社員に愛される会社で在り続けているのか、塚越英弘社長に話を聞いた。
「いい会社」をつくりましょう
長野県伊那市、中央アルプスのふもと近くに、幸せオーラに満ち溢れた企業が存在する。寒天およびゲル化剤を製造販売する、伊那食品工業だ。寒天の国内シェア80%、世界でも15%のシェアを誇り、48期連続で増収増益を記録。経済界でも注目を浴びる企業の1つである。
工場が併設された本社を訪れると、3万坪にわたる美しい庭園「かんてんぱぱガーデン」が目に入る(右ページ写真)。社員や市民の憩いの場としてだけでなく、今や伊那を代表する観光地としてドライブやバスツアーでも人気のスポットだ。きれいに保たれているのは、社員による手入れの賜物。始業前の清掃は任意だが、ほぼ毎日、全員が参加しているという。
「『いい会社をつくりましょう』というのが我々の社是です(32ページ図1)。会社が存在する目的は、社員が幸せになることに他なりません。社員の幸せをつうじて、さらには社会に貢献するため、企業活動を行っています」
代表取締役社長の塚越英弘氏はそう話す。いい会社というのは、経営上の数字が優良というだけでなく、会社を知るすべての人が「いい会社だね」と言いたくなるような会社を指すという。
「多くの会社は、利益の追求を第一の目的に置き、“社員を大切にする”“エンゲージメントを高める”ことも、利益を上げる手段と考えているように思います。けれども私たちにとっては、社員の幸せこそが最大の目的です。社員に幸せになってもらうため、楽しく働いてもらうために会社を経営しているのです」(塚越氏、以下同)
社員の幸せを追求する経営とは、いったいどのようなものなのか。なぜ同社の社員は幸せに働けるのか、紹介していこう。
♥社員が幸せに働ける理由① キーワード:伊那食ファミリー
“家族”だから安心して働ける
同社では、何より「社員は家族である」という考えがベースにある。その考えに基づけば、社員に対する考え方から施策や制度に至るまで、おのずと答えが見えてくるという。
「社員500人を“伊那食ファミリー”だと考えています。家族なので優劣をつけることはありませんから、賃金は年功序列を採用しています。様々な社内の制度も社員を家族だと思って設計していますし、家族だから細かなルールも必要ありません」
賃金制度については年功序列で、同世代なら支給額はほぼ同じ。役職手当や人材育成を主眼とした考課面接はあるが、業績給や能力給は設けていない。
「個々の能力を年齢で測ることはできませんが、年長者の社員は、経験により培われた判断力なども含め、長い目で見ればもっとも会社と社会に貢献している存在だと考えています。年齢が上がればライフステージも変化しますが、そんななかでも安心して家庭生活を営めることは、幸せの大きな要素です。弊社は新卒採用・終身雇用が基本ですから、年次に応じて給与が増えるしくみにしています」
管理職は現場のまとめ役にすぎず、役職によるヒエラルキーは存在しない。兄や姉である年長者は弟や妹にあたる後輩たちの面倒を見るのが当然のようになっており、自然と家族のように面倒見のいい組織が生まれている。実際に「先輩みたいになりたい」と、身近なロールモデルを尊敬している新人や若手は多い。
また、同社が職場環境の充実に力を入れるのも、家族みんなに居心地よく過ごしてもらいたいからだ。
「施設も工場も、どこも明るく清潔にしています。夜は工場のラインを止めますし、日中は10時、15時に全員で休憩を取るのが恒例です。これには、安全確保や一家団欒という目的があります。社員のがん保険の掛け金を会社で全額負担しているのも、家族の健康を守るためです」
伊那食ファミリーという考え方に基づいた経営は、会社に対する社員の信頼や絆を深め、安心して働ける環境の提供につながっているといえるだろう。