過去の「J.H.倶楽部会員」限定セミナーのレポートです。

J.H.倶楽部会員セミナー 第3回

大人の学びをデザインする
~効果的な教育体系の構築と設計とは~
2019/1/30 ベルサール東京日本橋

2019年1月30日(水)、会員セミナー「大人の学びをデザインする~」を開催しました。第1部は、『Learning Design』にも連載中のインストラクショナルデザイナー寺田佳子氏が、「大人の学び」を構築するとは何を考えることなのかを海外の最新事例を交えながら解説。第2部では、日本能率協会マネジメントセンターのパートナーコンサルタント海瀬章が教育体系の作り方と見直し方について述べました。映像とセミナーレポート、当日の配布資料を下記からご覧いただけます(資料はダウンロードが可能です)。

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セミナー当日のレジュメをダウンロード頂けます。

第1部 大人の学びを促進させるには インストラクショナルデザイナー
ジェイ・キャスト 常務執行役員
IDコンサルティング 代表取締役
寺田佳子氏

第2部 今、求められる教育体系とは
~効果的な教育体系の構築と設計とは~
株式会社日本能率協会マネジメントセンター
パートナーコンサルタント
海瀬 章氏

※第2部は投影資料以外にも、「資料編」の配布がありました。
そちらの資料をご希望の方はjhclub@jmam.co.jpまでお問い合わせください。

1.「大人の学び」がいま注目されるワケ

・学びのある企業は、投資家にとっても魅力的

今日は、「大人の学び」がテーマです。皆さんも大人の学びについて興味を持っていらっしゃると思いますが、私は、アメリカのATD(Association for Talent Development)やイギリスのCIPD(Chartered Institute of Personnel and Development)といった人材教育についての学会に毎年参加し、「大人の学びの潮流」についての情報を収集しています。テーマが人材育成ですから、企業の人事部門をはじめ教育の専門家が集うのは当然なのですが、最近、意外なことに投資家の方も参加するようになってきたのです。理由は次のようなものでした。

昨今、たとえばモバイル端末にしても、新機種が出てもすぐに類似品が出まわり独自性がなくなってしまうというように、プロダクトやサービスの価値の寿命が短くなっています。すると、投資家の側としては、いま注目のプロダクトやサービスをもっている企業に投資しても、3年後、5年後にはブランド力がなくなってしまうだろうから、きちんとリターンがあるかどうか、とても不安だというのです。だったら、そういうプロダクトやサービスを生み出す能力のある人材がいる会社に投資すればいいのでは、と聞いてみたのですが、彼らの返答は意外でした。特にアメリカの場合は、人材の流動性が大きいので、ある優秀な人材に投資したつもりでも、3年後、5年後にその人が会社に残っているどうかわからない。そこで、高品質なプロダクトやサービスを生み出すことが可能な、才能豊かな人材を育てる「仕組み」がきちんと整備されている組織や企業に投資するというのです。つまり、人材の潜在的な能力を見いだして、育て、活躍する場を与えることができる企業ならば、いま投資をすれば、将来的に大きなリターンが見込める可能性があると考えたのです。学びのある組織、人を育てる仕組みがある組織というのは、投資家にとっても魅力的なのです。

・異質の強みを生かした組織づくり

2015年に『マイ・インターン』というタイトルの映画が公開されました。ご覧になった人も多いと思いますが、アン・ハサウェイが演じる主人公のジュールズは20代で、ファッションサイトを立ち上げて急成長させたベンチャー企業のやり手の社長さん。そこにインターンとして入ってきたのが、ロバート・デ・ニーロ演じるベンという70代の男性です。ジュールズはやり手なんですけれども若いから経験がない。一方のベンは、ITの知識はないけれども、コミュニケーション能力が高くて経験や知恵がある。最初、主人公はベンを嫌っているのですが、経営権を取られそうになるピンチを迎えたときに、彼の励ましで再起します。経験豊富な年配者の知恵をうまく利用することによって、組織の学びが生まれるというストーリーでした

この映画からは、年配者ならではの知識・技術・態度を若い世代にどう伝えていくかというテーマや、多様な人材が1つの組織のなかにいる時代、それぞれの強みをどう生かしていくかといったテーマも見え隠れします。年配者に若い人と同じことを求めても組織としての強みにはなりません。映画の例でいうと、ジュールズのもっている経営センスと、ベンがもっている経験という、まったく異質のものを組み合わせたときに、ひとつの化学反応として、すごく強い組織ができました。異質なものの強みを生かすということも大切なのです。

・シニア人材、それぞれの強みを生かせないか

映画のベンのように、60代、70代になっても第一線で活躍したいと考える長距離ランナー志向の人が増えているなか、シニア人材の学びをどう支援していくか、ということも重要な課題です。

いま、日本の人口の5分の1は65歳以上の高齢者です。しかし、高齢者を継続的に雇用しようと考えている企業は半数に満たないといいます。なぜかというと、高齢者たちを活用するためのノウハウがまだ確立していないととともに、彼らが貴重なリソースを持った人材であるという見方ができていないからです。このことは、2017年のATDでも課題として挙がっていました。

一方、若い人は3年以内の離職率が高くなっています。いまは売り手市場ですから、より条件の良いところへとキャリアチェンジするという考え方もできますが、一方で、1つの会社で長続きしない、という見方もできます。

若手と経験豊富な人材が互いにうまくコミュニケーションができれば、こんなにいいことはありません。しかし、この調査のようにコミュニケーションがうまくいっていないと感じている人が、経営者・一般社員を問わず多くみられるのです(「「企業内コミュニケーションの実態」に関する調査結果」Gooリサーチ結果No.135)。そして、社内コミュニケーションがうまくできていないことが業績に影響していると感じている人も多いのです。学びのある組織をつくり出すためには、若手とベテランの双方を活かすというところに1つの解決策があるのではないかと思います。

2.これからの「大人の学び」のカタチ

・フォーマルな学びは、全体の1割にすぎない

どんな年代も「大人の学び」が必要であることについてご理解いただけたかと思いますが、では、どんな形の学びがいいのか。これまでのような1人の講師による一方的な講義スタイル以外に、もっと効率的で魅力的な学びの形はないだろうか。それを考えてみたいと思います。

インストラクショナル・デザインでは、「身につく」という状態を3つの段階でとらえています。まず第1段階は、新しい知識や技術を頭にインプットすること。このインプットした知識やスキルを忘れないように工夫したり練習することが第2段階。そして、最も大事なのは、知識やスキルを必要なときにアウトプットして使う場面。これが第3段階です。使う場面がないと、本当に「身についた」とはいえません。そして、「使う場面」は、本来組織がつくってあげるべきなのです。

また、インストラクショナル・デザインでは、学びには「フォーマルな学び」と「インフォーマルな学び」があるととらえています。「フォーマル」とは、あらかじめ用意されたトレーニングやワークショップ、つまり規定の知識やスキルをインプットすることを指します。これに対して「インフォーマル」とは、必要に応じて、自律的に、かつ臨機応変に身につけるものと位置づけています。

フォーマルな学びは、よくバスに乗っている状態にたとえられます。つまり、運転手がいて行き先が決まっていて、乗れば目的地まで安全に連れていってくれる。これに対してインフォーマルな学びとは、バイクや自転車の運転です。どのルートを通ってどんな速さで目的地に行くか、それは自分で決められます。学んでいる途中で寄り道してもいい。つまり、10人いたら10人が違うルートで、違う速度で、違う経験をしながら目的地を目指すことです。1つのテーマに対してインフォーマルな学びをベースにすると、それぞれのアプローチの仕方によって、多様な情報や知恵が集まって、とても幅広いネットワークができ、いろいろなアイデアが生まれます。ですから、積極的にインフォーマルな学びの場をつくりたいというニーズが、人材開発の担当者の間に広がっているのです。

ただし、インフォーマルな学びは、その人の興味に偏ってしまう傾向があり、必ずしも業務と結びつかないこともあります。ですから、業務に必要な基礎的な知識や技術を身につけるためには、フォーマルな学びのほうが適しているのかもしれません。しかし、それぞれのやり方やアイデアを生かせるインフォーマルな学びがないと、上達や熟達は十分にできません。人材開発担当者が使っている予算の8割は、フォーマルな学びに使われていますが、この現状を少し考え直したほうがいいのではないかと思います。

また、「学び」は、個々人で行うインディビジュアルな学びと、仲間と行うソーシャルな学びに分かれます。いま注目を集めているのは、お互いの持っている情報を交換して、お互いに成長していくという、ソーシャルな学びのほうです。これを企業や学校がどう設計し、運用していくべきか。そこも問われているのです。

プリンストン大学の調査データによると、約7割がOn the job experience、つまり仕事上の経験で学んでいます。そして、先輩からのアドバイスやフィードバック、ロールモデルからの学びが2割。トレーニングや本からの学びは、わずか1割に過ぎないという数字が出ています。(MIT教授で「学習する組織」の概念を広めた)ピーター・センゲも言っているように、フォーマルな学びは氷山の一角に過ぎず、残りの9割は業務や人間関係を通じて得られるインフォーマルな学びであるということがわかると思います(図1)。 図1 図1

・学びと業務支援

もう一つの大事なポイントは、学びと業務支援についてです。いくらインフォーマルな学びが大切だからといって、「すべて自分の責任で学んでね」というのも、いかがなものでしょうか。アマゾンのCEOのジェフ・ベゾスさんは、「最高のカスタマーサービスとは、カスタマーがそれを必要としない状態だ」と言っています。よくコンプライアンスや品質管理の問題が発生すると、まずは研修をして社員に周知徹底させようという話になりますが、それは妥当ではありません。業務マニュアルや書類のフォーマットが整備されていれば業務が滞りなく進むのに、それが整っていないから、いろいろな間違いや失敗が起こる。そして、間違いや失敗が起こると、教育研修が足りないという話になって、後づけで研修メニューが開発される。これでは問題解決にはならないということです。

・学びで解決しないことは、環境整備で

ネットニュースメディア「ハフポスト」創業者のアリアナ・ハフィントンさんが講演で面白いことをおっしゃっていました。彼女がドイツの支局を訪れたときのこと、その日は雨が降っていましたが、飛行場から支局へと移動する車中で彼女は、雨に濡れたドイツの森の景色がとてもきれいだと感じました。ところが、車に乗り合わせた彼女以外のスタッフは、「きょうはあいにくの雨で、嫌な天気ですね」と暗い表情をしている。そのとき彼女は、うちの社員のマインドは大丈夫だろうかと不安に思ったそうです。心が穏やかであれば、美しいものや良いものをキャッチできるはずなのに、ちょっとでも予定通りに進まない、ベストなコンディションでないと、ため息をついて勝手にストレスを溜め込んでいる。それはどうなの、と。でも、こういうことは教育研修では改善できません。

そこで彼女が考えたのは「お昼寝部屋」をつくることでした。要は、休息や睡眠時間が足りないのならば、気持ちよく昼寝できる部屋をつくって、自由に使わせてあげようと。そして彼女は、実際に昼寝部屋をつくり、そこへ向かう社員と、昼寝を終えて部屋から出てくる社員の表情や姿勢をチェックしました。すると明らかに差があって、15分程度の昼寝がどれだけ業務の質と効率化に大きく貢献するかがわかったそうです。このように、学び以外の可能性についても考えることが重要です。

・教育・研修・情報の3つの視点

教育体系を含めた教育設計を考えるうえで私たちインストラクショナルデザイナーが行うことは、現状を分析し、その人材を1年後、3年後、5年後にどのように成長させたいかを明確することです。要するに目標とする人材像の設定です。そして、そこに到達するために必要なものは何だろうかというギャップ分析をします。そして、そのギャップ分析の結果、たとえば、お昼寝部屋をつくることによって解決できるものや、その他の環境改善で解決できることを取り除き、学びでないと解決できないものだけにフォーカスします。

こうして明確になった「必要な学び」についてリソースを投入していく。それが効果の高い教育設計の近道です。

図2)は、学びの質について、教育(education)、研修(training)、情報(information)の3つの視点でとらえたものです。教育(education)は、3年経っても、5年経っても本質的に変わらないような、社会人として生きていくうえで長いスパンで必要なもの。そういうものに関しては、じっくり時間をかけて「教育」するということです。研修(training)は、仕事を続けていくうえで近い将来に絶対に必要になる知識や技術について、比較的短い期間で身につけていくもの。そして、情報(information)は、今必要な知識を今すぐに与えるということです。。 図2 図2

左側の現在の状況のグラフを見ると、人材育成の担当者が最も力を入れているのは研修です。しかし、右の「これから求められる人材育成担当者の役割」グラフを見ると、教育や研修よりも、最新の「情報」をどんどん与えて、インフォーマルな学びを促進する仕組みをつくることのほうに注力することが、今後は大事になることがわかります。

大学で教えていると、最近はパソコンを使わずにスマホでレポートをつくってくる学生がいて、驚くこともあるのですが、学びのスタイルも変わってきています。テクノロジーの進化は、単に必要な情報を速く得られるというだけではなく、仕事と学びをシンクロできるという利点があります。たとえば、これまでは一週間のうち3日間は通常の仕事をして2日間だけ社外に研修に行くといった場合、仕事の時間を犠牲にせざるを得ませんでした。しかし、テクノロジーを活用すれば、仕事をしながら学ぶことも可能になります。つまり、テクノロジーの活用によって、業務フローのなかに学びのチャンスがうまく取り入れられるという発想です。

ただし、重要な情報が流失してしまうリスクや、仕事中に学んでいるのかゲームしているのかの区別がつかなくなるのではという心配もあります。コストの面もあるし、いろいろなハードルが存在することも事実です。しかし、システムの管理部門、コンプライアンスの関係部門、そして人事の育成担当部門がコミュニケーションをとって、新しい技術をうまく使って学びの輪を広げていくことが、今後ますます必要になってくると思います。

人事担当者の立場で、学びの仕組みの全体像をイメージしたのがこの図3です。従来のクラスルームトレーニングやオンラインのトレーニングに加えて、専門家がどこの部署にいるかを検索できるシステムや、メンタリングなどのサポートの仕組みを含めた全体像をイメージすることが、組織としての魅力的な学びのデザインにつながるのです。ぜひ、大きな視野を持っていただきたいと思っています。 図3 学びの仕組みの全体像 図3 学びの仕組みの全体像



3.「大人の学び」を促進するヒント

①学びのゴールデンサークル

ここで、大人の学びに役立つヒントをいくつかご紹介します。 1つは、「学びのゴールデンサークル」(図4)で、ゴールデンサークルとはマーケティングの手法によく使われるものです。従来のマーケティングでは通常、「what?」、つまりなにをアピールするか、から始めます。そして、「how?」、つまり、こうやって使うといいですよと勧める。そして最後に、なぜこれを勧めるかというと、これを使うことによって、あなたの生活はこんなふうに変わるんですよという「why?」の説明をします。つまり、外側から内側に向かった考え方をします。

しかし、アップルの場合は逆で「why?」から入ったのです。あなたの生活をこんなふうに変えることが必要なんですと発信する。そして次が「how?」で、こういう使い方をすれば、いままでとはまったく違うコミュニケーションができると説く。そう考えてできたのが、iPhoneです。

このように、内側から外側に向かって考えるマーケティング戦略を学びに生かそうということです。学びも実は「why?」からでいいのです。たとえば、なぜこの学びが必要なのか。そのためには、どんな手法で学ぶ必要があるのか。そこから始めるのです。 図4 図4

②グラミンクラウド

2つめのヒントは、「グラミンクラウド」です。YouTubeでご覧になった方も多いと思いますが、スガタ・ミトラというイギリスの大学教授が、インドの貧しい子どもたちとイギリスのリタイアした女性をSkypeでつないで教育するという取り組みです。ただ壁にパソコンを埋め込んで、自由に使っていいよと。使い方がわからないときは、大学生のアシスタントに聞いてね、という環境だけ与えたのです。すると、英語を知らない子どもたちが、一生懸命英語を身につけて、英語のホームページにアクセスして学ぶようになったのです。

ただし、褒めてくれる人がいないと学びは続きません。ですから、イギリスにいるおばあさんたちが、「きょうはどんなことを調べたの」「どんなことがわかったの?」「すごいね」と、褒めて確認してあげる。それを毎日繰り返した。それだけで、子どもたちは積極的に学び続けたのです。逆にいうと、「やらなくちゃダメじゃない!」と叱責されてする勉強は、「覚える」だけで、「学び」とは言えません。

③ソーミー(ソーシャルメディアでの学びあい)

3つめのヒントは、ソーシャルメディアで学ぶ「ソーミー(SOME)」です。これは、ソーシャルメディアを活用して、お互いの考え方や発見をやり取りすることが大きな学びになっていくというモデルです。ソーシャルメディアを活用すれば、研修の担当者が必死に研修コンテンツをつくる必要もなくなります。ソーシャルメディア上には、多様で有益な情報コンテンツがありますが、業務に使える便利なものには、「いいね」がつくけれども、役に立たないものにはつきません。このような仕組みをつくればコンテンツが自然淘汰されます。そして、効果的なコンテンツが増えることで生産性が向上し、互いに学びあい教えあうコミュニティが自然に形成されていきます。これが理想的な学びの世界だといわれています。

④Mラーニング

最後のヒントは、「Mラーニング」です。「M」とは、モバイルであり、マイクロを意味します。最近、30秒~3分程度のコンパクトな学びのコンテンツが注目されています。ただ、30秒のコンテンツを見ただけで学びが完成するかというとそうではありません。30秒のコンテンツは学びの10%にすぎず、残りの90%がないと身につきませんし、仕事にも活用できません。その90%とは何かというと、業務の現場の先輩や上司、あるいは仲間たちのサポートやコーチング、ロールプレイです。つまり、Mラーニングによる学びを実施しようと考えたら、人事の担当者だけではできないということになります。つまり現場のマネジャーたちの啓蒙と教育が必要になってくるということです。人事の担当者が現場のマネジャーに対して、Mラーニングを実施する場合の彼らの役割の重要性を説明し、協力を求めないと、効果が出ないということです。

テクノロジーを活用するときには、メンタリングやファシリテーションといったサポートも鍵になってきます。褒める、認めてあげる、後押ししてあげるといった仕組みです。そういう相乗効果があれば、いい学びの世界が構築できます。

たとえば、アメリカの企業で行われている「フリー・チョイス・ミュージアム」。普通、美術展にいくと順路が決まっていて、それに従って見学しますが、フリー・チョイス・ミュージアムとは、順路もメインの作品も決めない。自分だったらどんな順路で見せるか。どんな作品をメインにもってくるか。美術館のなかで社員に好きなように設計図を書かせて、それをプレゼンするのです。同じ素材でも、キュレーションの仕方によって魅力の伝わり方がこんなに違うということを学び合うトレーニングです。

・終わりに

最初に申し上げたとおり、アメリカの投資家は人を育てる仕組みのある会社を求めています。それは、研修やセミナーといったフォーマルな学びだけでなく、インフォーマルな学びやサイドマネジメント、ソーシャルメディアの活用、あるいはナレッジマネジメント、パフォーマンスサポートなど、すべてをうまく組み合わせた、人を育てる仕組みを持っているところがあれば、そこに投資をしたいということです。

これからの大人の学びとは、人生100年時代の有効な道具です。大きな図(図5)を思い浮かべながら、教育設計だけでない学びの仕組みを実現してほしいと思います。本日はありがとうございました。 図5 図5

Ⅰ 年代別 教育・研修の動向

日本能率協会グループにて約40年にわたりコンサルティングに携わってまいりました。本日は1時間ほどとなりますが、教育の考え方を教育体系として形にしてどう進めていくかについてご紹介したいと思います。

本日資料は発表資料と、資料編をお配りしています。資料編には経営・経済・人事・人材開発・組織開発を年表に整理したものもありますので、よろしければご覧ください。

(年表はこちらの記事の最後にあります。ログインしたまま下記にアクセスください)

経営・人事・組織の30 年を振り返る 経営的視点を持ち 学び続ける人事・人材開発であれ(https://jhclub.jmam.co.jp/acv/magazine/content?content_id=10942)

・タレントマネジメントが重要に

企業の人材育成は、時代とともに移り変わってきました。高度成長のもと組織が拡大した昭和の時代には、よく2:6:2の法則といわれました。つまり、優秀な2割の人と、教育や本人の努力しだいでは上にいけるという6割の人。そして、相当努力しないと上にはいけない2割です。ところが、平成に入ってバブル経済が崩壊すると、組織のスリム化が進み、下のほうの2割の人は淘汰されて、残る全員が戦力になってもらわなくてはいけないという時代になります。すると、残った人たちを確実に育成していく必要がますます重要性を帯びてくるようになりました。個々の人材がもっている良いところや、育てればもっと伸びるというところを会社がきちんと見極めて教育の機会をつくっていくことが必要になってきたのです。つまりタレントマネジメントを行い、それぞれの職場で活躍してもらうことが教育の考え方の柱になっていきます。

・人材育成の考え方の変遷

そこで、教育体系の話に入る前に、ご存知の方も多いかとは思うのですが、昭和の時代から現代に至るまで、人材育成の考え方がどのように変遷してきたのかを振り返り、課題を抽出してみたいと思います。

まず、1991年頃のバブル崩壊によって、2000年代にかけて経済成長に陰りが見え始め、失業率も高くなります。2008年のリーマンショックも、産業界に大きな影響を及ぼしました。このときは、1万5,000社ほどが倒産した※(東京商工リサーチ調べで15,646件)と聞きますが、非常に大きな出来事でした。その後、政権交代や2011年に東日本大震災が発生といった出来事を経て、目立った成長実感はないけれども好景気という状態が続いて、現在に至っています。

この間、労働基準法の改正や個人情報保護法の成立、次世代育成支援対策法や女性活躍推進法の成立、ワークライフバランス憲章の制定など、人事制度に関連する法改正も多く行われています。

このような流れのなかで、教育・研修の動向はというと、まず、昭和の時代に、集合教育・OJT・自己啓発という教育の3本柱が確立しています。高度経済成長期における業績好調のなかで組織全体の底上げを図るという意味で、上から下まで各階層の一律教育が行われました。そして、現場で鍛えるということでOJT強化が注力されました。この頃から、通信教育の充実もあって自己啓発の支援も始まりました。また、組織や職場の活性化活動という意味では、QC活動も盛んに取り組まれるようになりました。これは、「業務改善型組織開発」と呼ばれるものです。事例研究、シミュレーション技法、ロールプレイングなど、現在でも使われている技法の7~8割くらいは、昭和の時代に確立されたものです。

平成の時代になると、能力主義から成果主義へと移行します。成果主義を軌道に乗せるための教育として、目標管理がひとつのマネジメント手法として導入されます。目標管理というのは、実は昭和40年頃に管理職向けに入ってきたのですが、当時はあまり普及しませんでした。平成初期になって成果主義を軌道に乗せるために行われた教育が本格化し、目標管理や評価者、フィードバックの方法といった研修に力を入れるようになります。

平成10年代になって成果主義が定着してくると、個人の成果ばかりが追求されるあまり、助け合いが起こらなくなり、組織的な成長を妨げているという課題が浮かび上がってきます。その見直しとして、コンピテンシー評価や行動評価を入れて、組織目標のつくり方についての研修も増えていきます。そして、この頃はハラスメントやメンタルヘルスの問題が表面化した時期でしたので、管理職向けにこのテーマでの研修も行われるようになります。

そして、組織経営そのものの強化という意味で、CSR、コンプライアンス、リスクマネジメントといった経営的な活動の考え方を整理した研修も入ってきます。また、組織の基幹人材を育てるビジネスリーダー育成研修、拠点の海外進出にともなうグローバル人材育成に関する研修が多くの会社で導入されるようになります。

さらに、働き方の多様化に対応してワークライフバランス推進、ダイバーシティ推進といったテーマ、そしてチームの協力体制づくり、対話・コミュニケーションの活発化といったテーマも少しずつ取り上げられるようになってきます。

社内体制に目を向けると、教育・研修機能の分離・分社化や企業内大学や塾の開設も行われるようになります。一方で、自社独自の技術やノウハウの教育のため、研修の内製化を進める会社も増えてきます。一方で教育に対する投資がシビアになり、研修の効果測定も行う会社も増えています。自己啓発の手法は、通信教育からeラーニングへと移行する会社も増えてきます。そして、気づきを促すとか、上司と部下のコミュニケーションを活発にするとか、個人の自律性を高めるという視点から、コーチングも多く導入されるようになります。そうしたなかでは、実践力を高めるために、アクションラーニングを取り入れた会社も増えました。 また、キャリア開発についての意識も高まります。かつてのキャリア開発研修は、定年後のライフプランや健康などのテーマが多かったのですが、最近ではもっと若手にも対象を広げ、年代別にきめ細かく実施されるようになってきました。

Ⅱ 人材育成・教育 6つの重点課題

そうして見えてくる、人材育成の重点課題としては次の6つが挙げられます(図1)。1つめは、経営の中核となるビジネスリーダーの育成です。近年、部長や本部長といった階層だけでなく、係長クラスにまで対象を広げて研修を行うケースが多くなっています。そして、リーダー候補には基本教育だけでなく、関連会社の経営幹部として出向させるといったように、経験の場を与えるということも多くなっています。

2つめは、管理職のマネジメント能力の向上です。マネジメントというと以前は基本研修でしたが、外国人をはじめ多様な背景をもつスタッフのマネジメントが必要になることから、より実践的にダイバーシティを推進できる管理職になれるかという点も問われるようになってきています。その要件は、サテライトオフィスや自宅勤務をする人が増えているなかで、労働環境を整えられるか。外国人や高齢者にも働きやすいような業務改善ができるか。社員への個別対応や個々人のモチベーションを高める指導育成ができるかといったようなことです。

3つめは、組織・職場の活性化です。最近、組織力が低下しているという悩みをよく聞きます。そのため、コミュニケーションを活発にするためのファシリテーションや個別に行うコーチングを実施する企業が増えています。その目的については、業務改善型の組織開発にするか、対人関係的なものを強化する組織開発にするかといったテーマになります。

4つめは、職場における育成への取り組みです。昭和の時代はOJTが中心でしたが、現在OJTは低調になっています。業務のマニュアル化は進んでいるものの、暗黙知としてのノウハウや技術を伝えきれていないという課題があります。ダイバーシティや働き方改革に見合ったやり方を模索しているという状況もみられます。

5つめは、中長期視点に立ったキャリア開発の促進です。個々人のキャリアに対する考え方も変わるとともに、企業側も、ある役職に就くことを自ら提案する社内公募制を取り入れるところなども増えてきました。こうしたなかでは、コア人材に対する期待能力や期待役割を整理することが大切になってきます。

6つめは、ダイバーシティ・ワークライフバランス・働き方改革を関連させて推進することです。多様な背景をもち多様な働き方をする人材に対する教育、評価、処遇を明確にし、女性管理職の登用やシニア人材の活用も重要です。また、技術伝承やナレッジマネジメントも重要です。 図1 人材育成・教育の重点課題 図1 人材育成・教育の重点課題

Ⅲ 教育体系の構想設計と取り組み

以上、課題を押さえました。ではここで、教育にまつわる課題を明らかにするため、スライド18ページにあるチェックリストで、貴社の状況をチェックしてみてください(図2)。社内でこちらをお使いいただき、貴社の教育(体系)はどんな状態かを部の皆さんでお話いただくにお使いいただけると思います。「資料編」のp12・13にも見直しのポイントや、課題チェックシートを載せておきました。どういうところを強化すべきなのかを探す材料としていただければと思います。 図2 チェックリスト 図2 チェックリスト

以上を押さえたうえで、教育体系のつくり方について見ていきましょう。教育体系は、基本的には(図3)を構想して設計していきます。特に「期待役割能力マップ」とは、期待する人材になるためにはどういう能力が求められるかを具体化した表。「教育体系、全体内容」とは、テーマや対象について整理したもの。教育体系図は、縦軸と横軸の表で表したものをつくる必要があります。

左側の「教育計画」は、おおよそ5年の間に社内の人材を期待する人材像になるため、具体的にどう育てるかを明確にしてプログラム化したものであり、こうしたものを用意する必要があるということです。 図3 教育体系の構成 図3 教育体系の構成

・教育体系の見直し・構築

なお、どういうときに教育体系全体を見直すべきなのか、についてですが、まずは合併、海外進出など自社を取り巻く経営環境が大きく変化したとき、中長期計画の策定、企業の統廃合、人事制度の大幅改定のときなどです。これに対して部分的な見直しは、教育体系を策定してからおおよそ3年が経過したときです。なぜかというと、3年に一度はモラールサーベイを行う会社が多いこと、3年たてば教育の成果が見えてくるからです。

また、教育体系の見直し・再構築はトップマターで、経営陣を巻き込んで進めるとうまくいきます。期間については半年から1年程度の期間を有します。それと、会社の将来を担う人材を入れたプロジェクトや委員会を発足させるといいでしょう。

見直し・構築にあたっては、経営的な視点からみた人材育成上の課題を把握すること、組織・職場の状況を把握すること、社員の意識や能力を把握するという3つの視点からとらえるといいでしょう。

・教育体系構築の視点(踏まえておくべきポイント)

実際に、教育体系を構築する際には、経営・個人・組織の3つの視点でそれぞれ重要な要素を踏まえておく必要があるでしょう。

・経営力強化の視点

「経営力強化」という視点ではなんといっても経営理念・経営方針・ビジョンを働く人の多様な価値観を尊重しながら共有・浸透することが大切です。また、経営のコア人材の設定と期待要件の明確化・個別育成の管理も踏まえておきます。これを行ううえでは、ビジネスリーダー育成、グローバル人材教育、イノベーション人材育成の3つがポイントになります。さらに、職場を管理統括する管理者の候補にも重点を置くべきです。

・個人成長・活躍の視点

個人の視点でいえば、まずは、個人別人事・能力情報のデータ化と個別管理をすること。そして、個人別キャリア開発への取り組みについて、キャリアを支援する施策をしていくことと、昇進昇格など節目でのキャリアの見直しです。自分のキャリアを描ける人は心配ありませんが、描けない人は、モチベーションも下がりがちな傾向にあります。そういった人たちへの個別指導も入れておくといいでしょう。個人についてもう一つ、能力開発への参加機会や情報、教育メニューの提供です。これらが紐づいていなくてはいけません。

たとえば日立製作所では、ある人が「今後、営業企画に行きたい」といった際に、そのために具体的にどのようなスキルや素養が必要になるかを自己チェックできるようになっています。どういう勉強をすればいいかもわかるそうです。そのようなしくみが必要です。

・組織・職場の活性化、強化の視点

組織・職場の活性化、強化という点では、自前でプログラムを開発して現場力を強めていくとともに、職場での指導・育成を促進すること。つまり現場で育成した人を管理職に据えるなど。職場の活性化促進という点では、業務改善や目標の共有化を進めていく必要があります。

人材育成を推進するための土台となるものは、会社が指針として掲げる期待人材像や期待要件を、階層別あるいは職種別に展開するといいでしょう。

コア人材については、「この人はこのポジションに据えたい」という具体的計画のもとに役員会に諮れるように、個別管理が必要だと思います。その他の社員とは、キャリア面談が必要です。やはり、理念や価値観の具体化・共有化については、研修のなかに入れ込む。それから個人主体での人材育成のためには、個人に焦点をあてた柔軟な人事制度との連動ということでは、自己申告やFA制、公募制などが必要です。

・教育体系・教育計画の見直し・構築の手順と進め方

組織・職場の活性化、強化という点では、自前でプログラムを開発して現場力を強めていくとともに、職場での指導・育成を促進すること。つまり現場で育成した人を管理職に据えるなど。職場の活性化促進という点では、業務改善や目標の共有化を進めていく必要があります。

次の段階は、それを人材育成方針の作成、期待人材像・役割能力マップなどをつくりながら体系としてまとめていく作業です。

Ⅳ 教育体系の設計内容

・教育調査の実施

教育調査を実施する際は、まず調査計画が必要です。そのうえで調査の実施、進捗報告、調査結果の読み取りという流れになります。そのプロセスでは経営会議にきちんと諮るというのが成功の秘訣ですし、社員にフィードバックしながら巻き込みを図ることも大切です。

以下(図4)は、人材育成方針を作成する際の留意点などをまとめたもので、目的、意義、考え方を盛り込みましょうということです。 図4 図4

期待人材像については、階層あるいは役割・期待別に会社の人事フレームに合わせて具体化します。

期待役割要件、能力マップとは、職種別・職能別・役割等級別に期待役割、業務遂行能力、行動を具体化したものです。これは、階層・役割別の研修テーマやプログラム設計のときに必要になりますし、キャリア設計や診断にも活用できますし、部下の育成・指導にも活用できます。

・中期教育計画、年度教育計画の作成

体系全体としては、テーマ別に縦と横軸で整理していきます。中期計画に落とし込むときは、経営課題を踏まえて、期待人材像から4~5年で達成したいことをまず中期計画で出していく。そのなかで中期の人材ポートフォリオなども活用して、どんな能力を持った人材を何人育成するかということを明確にします。こうしたことを教育調査結果にもとづいて作成していくということです。

Ⅴ 人材開発部門の取り組み

最後に一部繰り返しとなりますが、人材開発部門はどのように教育体系の構築や見直しを進めていくべきなのかをまとめています。まずトップ主導で経営陣を巻き込みながら進めていくこと。2つめは、きちんとしたヒアリングが必要だということです。3つめは、現場からの育成・教育ニーズの把握が必須であるということ。4つめは、推進するのは人材開発部門になりますが、なるべく基幹人材を交えたプロジェクトを発足して進めていくことが望ましいということです。

人材育成というのは会社の将来を左右する大きな要因ということを踏まえて、教育体系の構築や見直しに取り組んでいただきたいと思います。とても駆け足になりましたが、ご清聴ありがとうございました。

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