人材教育最前線 プロフェッショナル編 人財の流動化が組織の垣根を越える イノベーション集団への変革のシナリオ
化学繊維やフィルム、医薬品、ITとさまざまな分野に事業を展開する帝人。メーカーからソリューション企業へと変貌を遂げる同社が今、力を入れているのが「イノベーションが生まれる組織づくり」だ。
「常に10個程度のイノベーションの芽を育て、そのうち5つほどが、規模は小さくとも事業化される状態が理想」と語るのは、人事・総務本部長の早川泰宏氏。そのためには事業の垣根を越えた融合と、自分で仕事を生み出せる人財が不可欠だという同氏に、その真意を聞いた。
営業に憧れた購買・物流時代
帝人と聞いて、樹脂や繊維などの化学メーカーのイメージを浮かべる人は少なくない。しかし実際は、ヘルスケアやI T分野まで事業領域を広げ、近年では在宅医療や電子コミックの配信サービスなど幅広く手掛ける。まさに「だけじゃない」というコーポレートメッセージの通り、ソリューション企業としての地位を確立しつつある。
その帝人で、2013 年より人事部門のトップを務めるのが、人事・総務本部長の早川泰宏氏である。以前は購買・物流部門に長く籍を置き、人事や総務とは全く縁がなかったという。そのため、人事への異動は「晴天の霹靂だった」と当時を振り返る。だが、就任当初から余計な気負いや不安を感じることはなく、これまでとは違った形で事業部と関わることができると思うと胸が躍った。
「どんな仕事であっても、面白くなるかどうかは自分次第ではないかと思うのです」(早川氏、以下同)
どの事業でもどんな仕事でも、自分なりの付加価値をつけられるはず。そのような考え方は、早川氏のキャリアの中で培われたものだ。
もともと早川氏は入社当初、営業の仕事を希望していた。しかし、それは叶わず、素材の製造に必要な原料や資材を調達する部門へ配属された。
「最初の頃は戸惑いましたが、取引先との交渉など調達の仕事を覚えるにつれて、自分なりの工夫も取り入れられるようになりました。例えば、営業部隊がお客様に商談に行くところに同行して、調達の立場としてサポートすることで、自分が営業でやってみたかった仕事に近づくこともできました。このようにして仕事の幅を広げたり、新たな取り組みを行うことで“自分の仕事”が確立されていくことを実感しましたね」
インドネシアでの経験も、早川氏に大きな影響を与えている。37 歳の時、ポリエステル繊維事業の合弁会社に出向し、そこで購買・物流業務を担った。勝手を知る業務だが、1人で切り盛りするのは初めての経験だった。
「現地では、年間300 億円規模の原料調達を任されました。日本にいた頃は、せいぜい60 億円程度。しかし、任された調達金額は大きくても、インドネシアでは日本の本社と違って規模が小さい。ですから、自分の仕事がどの部署にどのような影響を与えるのかがよく分かる環境でした。判断ひとつで収益が大きく変わることもあり、とてもエキサイティングでしたね」
カルチャーの違いにも振り回された。工場で働く現地社員の、在庫に対する感覚が全く違っていたのだ。
「原料のストックがなくなってから報告するものですから、最初は驚きました。こうしたやり取りのギャップを解決するのにも時間が必要でした。こちら側の言い分を一方的に主張するのではなく、相手の考えに耳を傾ける必要があるということを学びました」
日本流のやり方に固執しているようでは、頭では理解できても相手を理解することは難しい。“時”と“場所”に応じたアレンジにより、仕事に自分なりの付加価値をつけていく――。早川氏がさまざまな経験を通じて見いだしたものは、「仕事の本質」と言ってもよいだろう。