ATDの風 HR Global Wind from ATD <第2回> 脳科学とマインドセット、ラーニングデザイン
米国で発足した人材・組織開発の専門組織ATD(タレント開発協会)の日本支部ATD-IMNJが、テーマ別にグローバルトレンドを紹介します。
毎年世界各国から、1 万人近い実践家・研究者が集うATD-ICE(カンファレンス)では、グローバルの人材開発で起きているさまざまな動向・潮流に触れることができる。本稿では、その中でも近年、特に大きな影響を生み出している「脳科学」(ニューロサイエンス)のトレンドを紹介し、人材開発の領域で起きているシフトについて考えてみたい。
■人材開発と脳科学
ATDでは2014 年より「サイエンス・オブ・ラーニング(学習の科学)」という新しいトラックが立ち上げられた。この中では、例えば「学習と脳科学」「脳科学に基づいたコーチング」「脳科学と従業員のエンゲージメント」といった脳科学をテーマとしたセッションが数多く行われ人気を博している。ATDのCEOのトニー・ビンガム氏も、カンファレンスのオープニングメッセージで脳科学が人材開発に与えるインパクトについて言及するなど、この領域を発展させていくことへの期待や意欲が高まっていることがうかがえる。
脳科学が注目されている背景には、近年、脳科学の研究自体が大きく進化したことが挙げられる。1990 年代以降、f-MRIに代表される、脳の内部の活動を視覚化する技術が発達したことによって、それまで間接的にしか研究できなかった、人の認知や感情といった抽象的な機能が、実際にどのような神経回路や神経伝達物質によって担われているかということについて、直接的に研究できるようになった。これにより、人材育成やリーダーシップ開発・マネジメントの領域において、これまで私たちが当たり前のように行ってきた慣習を、脳科学に裏づけられたさまざまなエビデンスに基づいてRethink(再考)していく動きが活発になってきているのである。
■グロース・マインドセットを育む:Be GoodからGet Betterへ
では脳科学に関して、具体的にどんな議論や実践が行われているのかを見てみたい。ATDに限らず、昨今の人材開発の方向性にインパクトを与えている心理学・脳科学の知見に、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授らが行っている「マインドセット」の研究がある。ドゥエック氏は、人々の学習と成長に関するマインドセットを大きく2つに分けて捉えている(図1)。
1つは、「フィックスト・マインドセット」(Fixed Mindset)と呼ばれるもので、これは、「自分の能力は固定的で変わらない」という考え方に基づいている。こうしたマインドセットを持つ人は、失敗したくないという意識が強く、他人からの評価ばかりが気になり、新しいことにチャレンジしなくなったり、すぐにあきらめてしまい、成長につながりづらいという傾向がある。
もう1つは、「グロース・マインドセット」(Growth Mindset)と呼ばれるもので、これは、「自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばし、開発することができる」という考え方に基づいている。こうしたマインドセットを持つ人は、失敗を恐れず、学びを楽しみ、他人の評価よりも自身の向上に関心を向け、成長が促進されやすい傾向がある。
ドゥエック氏とも深い交流がある、コロンビア大学のハイディ・グラント・ハルバーソン博士は、ATDの基調講演の中で、「変化が激しく、不確実性や複雑性が増す現在においては、その人がいかに優秀か(Be Good)といったこと以上に、どれだけ主体的に学び、成長していけるか(Get Better)といったことがより重要になる」と述べている。
ATDのセッションの中でも、学習性を高めるマインドセットをいかに育むかを扱ったセッションが増え、主要なテーマになってきている。