CASE 1 トヨタファイナンス 複数年かけて社内の価値観変容に挑戦 本気にさせるのは 徹底した内省と対話
トヨタグループの金融パートナーとして、1988 年に創立されたトヨタファイナンスは、人員構成のボリュームゾーンに当たる40・50 代向け施策を2012年から2015 年にかけて展開。
一定の成果を上げ、現在は次のフェーズに入っている。
同社の取り組みによれば、彼らを本気にさせるスイッチは心の奥底にあり、押すには周囲の関わりが重要なようである。そのココロは。
●背景 始まりは「企業文化変革」
トヨタファイナンスの40・50 代向け施策の背景を語るには、2004年までさかのぼる必要がある。この頃同社では、クレジットカード事業に参入したのを機に積極的に中途採用を行い、3 ~4 年で社員数が約3倍と急拡大した。その後2009 年ごろから、次のステージをめざすべく、人材育成を強化し、企業文化変革に着手していった。
「自動車産業はもちろん、金融ビジネスの市場は急速に変化しています。その中で、存在価値を認められ続ける企業であるためには、社員一人ひとりの知恵や力を結集することが不可欠です。トップの強い意志の下、『人を大切にする』という人材マネジメント方針を打ち出し、育成に注力するようになりました」と語るのは人事部長・矢田真士氏。当時から今日まで、人事施策の取り組みに携わってきたという。
「フェアネスを貫く」「多様性を認め合う」「人を育てる」の3本柱からなる人材マネジメント方針は、同社の根底を流れる憲法だ。社員一人ひとりが個の強みや持ち味を発揮し活躍するという組織の姿をめざして、あらゆる社員に教育の機会を提供した。
先陣はマネジャー層。「マネジャーの役割はプレーヤーでも業績管理だけでもなく『人を育てること』である」とし、マネジメント基礎研修やOJT研修を実施すると共に、人事制度も刷新。その後、一般職女性をはじめ、地域総合職、若手、中堅メンバーへと育成の範囲を順に広げていった。そして、研修後に受講者が職場に戻れば、マネジャーによるOJTを通じてできるようになるまで指導をする―この地道な積み重ねが、良い変化として各所で花開いていった。
40・50代向け施策も独立したものではなく、この一連の取り組みの一環だった。
●40・50 代の課題 「終わった人」という呪縛
40・50 代社員の活躍促進は、「非常に難しいテーマでした」と矢田氏は振り返る。同社の40・50 代の中心は、「基幹職S」と呼ばれるスタッフ管理職である。経験が豊富なため、彼らをマネジメントすることには、困難さが生じていた。
「基幹職Sよりマネジャーが若いこともしばしばで、もっとイキイキ働いてもらうにはどうしたらいいのか正直わからない……といった声が、マネジャーから続々と寄せられていました」
難しさはそれだけではなかった。
「この層の中には、金融ビジネスが大きな変化のフェーズに入っているのに、なかなかその変化に主体的に関わることができない人もいました。また、この年代は、会社に入ったらコーポレートラダーを登っていくことがモチベーションの源泉であることが多いのですが、彼らの人数に対し、ポストは極端に少ないのが現実です。この『ポストがない』という現実を消化しきれない人も多く、『ポストがないなら何に向かって頑張ればいいんだ』という気持ちを奥底に抱えた方も多いように見受けられました」(矢田氏)
同社のみならず、一般的に「ポストに就けなかった人は終わった人」と見る雰囲気や価値観があるだろう。これが社内に存在する限り、40 代以上の活性化は実現しない。
人事としては、それまでの、マネジャーや一般職女性、地域総合職、若手、中堅メンバーといった社員たちへの育成の経験から、「人はいくつになっても成長することができる。誰しもが貢献意欲を持っている。その想いを引き出すだけ」(人事部人材開発グループマネージャー・馬渕祐司氏)
「社員に期待を伝えたり、人材育成の仕組みを整えたりと、北風と太陽でいうなら『太陽作戦』を行えば、きっと40・50 代の皆さんの貢献意欲も引き出せる」(矢田氏)と確信していた。
その想いを胸に、取り組みは、矢田氏を中心に、途中、馬渕氏に引き継がれながら進められていった。
●ステップ1 土台づくり 上層部の意識から改革する
■取り組みの全体像
取り組みの全体像は図1の通り。いきなり本人たちに研修を行うのではなく、土台づくりとして2012 年に経営層の対話会を行い、その後、経営層と部長職との対話会を開催。部長職には、その内容を持ち帰ってグループマネジャーと価値観合わせをし、3者面談で基幹職Sにも伝えるよう依頼した。
翌2013 年には、いよいよ基幹職Sを対象とするワークショップを開始。対象者175 名を8グループに分け、1泊2日のワークショップを実施した。