外国人材の心をワシづかみ! 日本発のマネジメント 第6回 相手を行動に駆り立てるエンゲージメント
世界の人材争奪戦において遅れをとる日本。
打開策は現地の人々のより深い理解、そして日本企業ならではの育成、伝統にある―。
異文化マネジメントに精通する筆者が、ASEANを中心としたグローバル人材にまつわる問題の解決法を解説します。
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これまで、アジア太平洋圏の現地(外国人)社員の勤労観やグッドボスの黄金律、そしてモチベーター(動機づけ要因)などを見てきました。今回と次回は、それらを踏まえたうえで、彼らを導くための実践手法へ進みましょう。
まず今回は、相手に当事者意識を感じてもらい、主体的な行動変化を促す「エンゲージメント」の手法を押さえたいと思います。ただ、さまざまなスタイルや利害が交錯する異文化の現実場面で行動変化を促すには、ハウツーを知る以前に「リーダーとしての洞察力」が必要なことは想像できると思います。そこで、ヨーロッパの街角で撮られたある動画の物語から話を始めたいと思います。エンゲージメントの要点が詰まっています。
IT’S A BEAUTIFUL DAY!
よく晴れた晩秋の午後、路上に黒いマフラーをした初老の男性が座っています。男性の前にはアルミ缶が置いてあり、時折、コインが投げ入れられる金属音が響いています。するとその前を通り過ぎた一人の女性が踵を返すや、男性の横にあった段ボールに何かを手早く書いて立ち去りました。途端に、どうでしょう。コーン……カーン……!
コインの音が鳴り止まなくなってしまいました。
異変に動揺する男性の前に先ほどの女性が再び現れます。ハイヒールを触って、その女性であると直感した男性は尋ねます。「あなたは私の段ボールにいったい何をしたんですか」「ちょっとしたメッセージを書いただけです。少し言葉を変えてね……」。段ボールに彼女はこう書いていました。“IT’S A BEAUTIFUL DAY AND I CAN’T SEE IT.”(今日は素晴らしい陽気。でも私には見えないのです)。もともと男性が書いていたのは“I’M BLIND. PLEASE HELP.”(私は盲目です。助けてください)だったのです。
場の共有感
I’M BLIND ……という言葉には、その文字を見た人と男性の間に、視力の有無という境遇の違いがあるためか、どこか共有感を得にくく、距離を感じてしまいます。すぐにHELPに踏み切れない何かがあります。
この感覚をIT’S A BEAUTIFULDAY……と比べてみます。澄み切った空から注ぐ暖かな日差し。紅葉を落としていく樹々。男女が心地よい会話に興じるカフェ。段ボールのメッセージを見た瞬間に誰もがその空気感を共有することができます。だからこそICAN’T SEE ITを見た瞬間に、その全てを味わうことが叶わない人の境遇に心が移り、何かしなければという衝動に駆られるのです。
I’M BLIND……はありのままの事実を伝え、行動(PLEASE HELP)に訴えているのですが、なぜか人の心を動かしません。何かが足りません。その足りないものを、IT’S A BEAUTIFULDAYは持っています。美しい晩秋の景色を共有することのできない相手への深い共感。行動への衝動。それなのです。
これが今月のテーマの「当事者意識を感じさせ、主体的な行動変化を促すエンゲージメント」の断面です。すぐにビジネスに使えるスキルセットではありませんが、人が行動に駆られる動機について何かつかめたのではないでしょうか。
実際に動画で観るのが一番です。200 万回以上視聴されたこの動画を、どうぞYouTube(「The Power of Words」で検索してみてください)でご覧になってください。2分以内で終わります。