人材教育最前線 プロフェッショナル編 バリューの浸透とコーチングで、 成長につながる“気づき”を促す
能力開発には、ハードスキルとソフトスキルという2つの側面がある。だが、コミュニケーション力などのソフトスキルを根本から高めることは、とても難しい。医薬品メーカー、ベーリンガーインゲルハイムジャパンのタレントマネジメント部では
「オーガニック・イノベーション」という考え方で、豊かな人間性や関係性構築力といったソフトスキルを育む施策を打ち出している。
めざすは、全ての社員が主体的に行動し、活性化しながら組織も成長する、健康的な企業体質の醸成だ。
どうすればそのような組織をつくることができるのか。同社の人材育成、組織開発を担う2人に、その手法と思いを聞いた。
“深層部”を重視する人材育成
「現実は3つのレベルに分けられる」という話を聞いたことがあるだろうか。
プロセス指向心理学を創始した米国の心理学者、ミンデル夫妻は、現実は「合意的現実」から「ドリーミング」、そして「エッセンス」という3つの階層をなし、これらが相互に関係し合うと説いた。
「合意的現実」とは、3階層の中では最も表層的で、ビジョンや想いを形にするための具体的な仕組みやプロセス、アクションをさす。「ドリーミング」は、「こう在りたい」「こうだったらいいな」というような夢や希望の絵図のことだ。そして「エッセンス」は、ドリーミングや合意的現実が生まれる源・原点であり、誰もが人として共感できるような大切な何かや、言語化が難しいコンセプトなどをさす。最も深層的であり、抽象的でもある。
「当社では、この3つのレベル全てに焦点を当て、さらに抽象的であるために他の企業では扱われることの少ない『エッセンス』の部分も大切にした人財育成、組織開発を行ってきたといえます」
そう語るのは、医薬品メーカー、ベーリンガーインゲルハイムジャパン人事本部タレントマネジメント部の、シニアHRアドバイザー大野宏氏と、人財開発グループマネージャーの森尾公仁子氏である。
ドイツに本拠を構える同社は、株式を公開しない企業形態の特色を活かし、短期的な見通しのみならず長期的な視野で投資を続けてきた。その分野の1つが、“人の育成”である。
同社では、エッセンスも重視した人財・組織開発を行っており、大野氏・森尾氏が所属するタレントマネジメント部ではこれを「オーガニック・イノベーション」と呼んでいる。これについては後ほど紹介するが、まずは2人が人の育成に携わるようになったきっかけを探っていこう。
“人が好き”だった営業時代
大野氏は、大学を卒業後外資系医薬品メーカーに入社し、以来営業ひとすじだった。一方で「いつかは海外でチャレンジしたい」と、入社時から折を見て会社や上司に伝え続けてきた。そして17年の年月を経て、営業部長から「スイス本社で人財開発の仕事をしないか」という話を持ちかけられた。
「人財開発などこれまで考えたこともなかったので、びっくりしました。しかし、当時の上司は『君は人が好きみたいだから、きっと向いているよ』と、私に白羽の矢を立てた理由を説明してくれました」(大野氏)
思い当たる節があった。
順調にキャリアを重ね、当時は営業所長のポジションにいた。業績のよい支店に入ることもあったが、次第に結果が振るわない地域への赴任を言い渡されるようになる。
「私の役割は“再生工場”だったのです。結果を出せずに社員たちの士気が下がっている地域に行き、蘇生を図ることがミッションでした」(大野氏)
学生時代に打ち込んでいたアメフトでは、リーグ優勝を2度経験した。メンバーを信頼し合い、共に高め合うチームは、結果を残すとさらに結束を強めた。その経験から大野氏は、チームで何かを成し遂げるには、まずは共に戦う仲間に興味を持ち、理解し、信じ合うことが必要だと熟知していた。
「支店では部下との信頼を深めることに注力しました。恋愛相談を含め、プライベートな話もよく聞きました。個人的な悩みが仕事に影響することは多いですからね」(大野氏)
人生で起こる出来事には、光と影がある。影の部分も受け入れながら、部下の自信を取り戻させていった。すると伸び悩んでいた部下たちが結果を残すようになり、次第に支店の成績も向上していった。
真の人財開発をしたい
一方、森尾氏が人に興味を持ち始めたのは、子ども時代だ。当時、地域の合唱団に所属しており、時折、日本を訪れる海外の合唱団と共に演奏する機会があった。普段の練習では、きれいに唄うことや周りと揃えて唄うことなどを教えられていたが、来日した外国人の指揮者たちのアドバイスは違った。
「どうすれば子どもたちの持つ力や良さが引き出せるかを、考えていらっしゃいました。『合わせなきゃ』『間違えないようにしなければ』といった萎縮から解放され、のびのびとした声で歌うことができるのです」(森尾氏)