第38回 「笑顔のレシピ」で人が育つ 洋菓子店の学び 横溝春雄氏 ウィーン菓子工房リリエンベルグ シェフ|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
神奈川県川崎市郊外に、全国から1日300 ~ 400組が
訪れるという老舗の人気洋菓子店がある。
製造スタッフ25人を含む約50人が働くこの店のお菓子はなぜ美味しいのか。
至福の味わいをつくり出すスタッフ育成の秘密に迫る。
新百合ヶ丘の閑静な住宅街に、童話の中から抜け出してきたかのようなかわいらしい建物があります。ウィーン菓子工房リリエンベルグです。
木漏れ日が差し込む明るい店頭にはカラフルなケーキが並んでおり、平日にもかかわらず次々と客が訪れます。売り上げの7割を占めるという焼菓子は全国発送しており、梱包発送作業だけで6人のスタッフが働いているという人気ぶりです。
創業28年、多くの人に愛され続ける美味しさの秘密はどこにあるのでしょうか。オーナーシェフの横溝春雄氏に尋ねると、「少し頑張れば、最高級の素材を集め、美味しいケーキを“つくる”ことはできます。しかし、多くのお店でできないことがあります。美味しいケーキを“売る”ことです」と、謎かけのような答えが返ってきました。いったいなぜ、リリエンベルグのケーキは美味しいのでしょうか?
◎“つくりたて”を届ける
実家がパン屋さんだったという横溝シェフは高校卒業後、東京都神田の洋菓子店で働いた後、5年間にわたってウィーンの名店「デメル」をはじめ、スイス、ドイツ各地の洋菓子工房で修業を重ねました。帰国後は新宿中村屋で11年間働き、職場で奥様に出会って結婚。40 歳の時、夫婦でこの地にリリエンベルグを開店しました。
店を始めるにあたり、横溝シェフは、どのように他店と差別化するかを考えたそうです。
「どんなケーキも“つくりたて”の美味しさにはかなわない。しかし、多くの洋菓子店では今、人件費の兼ね合いもあり、前日につくったものや冷凍スポンジを使ったものを出しています。そこで、我々はできる限り“つくりたて”をお出ししよう、と決めました。ここがリリエンベルグのこだわりです」
リリエンベルグではケーキのつくり置きはしません。スポンジやクリームなどは冷凍保存せず、1日に何回かに分けてつくります。焼き菓子なども在庫はできる限り少なくし、賞味期限も短めに設定しているというこだわりようです。
そのかわり、製造スタッフたちは大忙しです。25人が3カ所の厨房に分かれ、つくりたての美味しさを届けるため、朝7時から夜の19 時頃まで20 数種類のケーキと約30 種類の焼き菓子、チョコレート、コンフィチュールなどをつくり続けています。
◎怒鳴らない育成
育成について、横溝シェフにはお手本にしている親方がいます。