Story 1 ポイントは、「どうしたら」を考えることと任せること 周囲をやる気にさせるリーダーシップ
「リーダーシップを発揮する」ことは、“ 控えめ”といわれる日本人には難しいことかもしれない。
だが、先頭に立ち組織をけん引することばかりが、リーダーシップの在るべき姿ではないはずだ。
ここでは、「まごころ宅急便」という高齢者のための画期的なサービスを発案した1人の女性の事例を通じて、別な形のリーダーシップ像を紹介しよう。
彼女を支えたのは、「人の役に立ちたい」という純粋な思いだった。
買い物代行で高齢者を見守り
宅配大手のヤマト運輸には、現場の判断を尊重する風土がある。それは、荷物を集配するセールスドライバー(SD)であっても同じだ。今回紹介するのは、1人の女性SDが地域課題の解決につながるビジネスモデルを構築するまでの物語である。
岩手県の南西部、秋田県とのほぼ県境にある和賀郡西和賀町。ここは、過疎化、高齢化が進む限界集落として知られる。65 歳以上の人口が半数を超えるこの町には、一人暮らしのお年寄りも少なくない。健康状態などのちょっとした変化や、SOSのサインに周囲が気づくにはどうすればよいか―。そうした思いから生まれたのが、「まごころ宅急便」である。
これは、買い物代行を利用してお年寄り世帯の見守りを行うサービスだ。社会福祉協議会(社協)に登録した高齢者は、カタログを見ながら社協に欲しいものをリクエストする。社協経由で地元のスーパーが注文品を用意し、それをヤマト運輸のSDが家庭に届けて代金を受け取る。同時に利用者と会話をしながら「声のトーン」「顔色や表情」といった高齢者の様子を確認し、「会話時間」などを含め社協にFAXで提出する。何か異変が見られたら、社協が各家庭をフォローする仕組みである(図1)。
ヤマト運輸をはじめ、社協、地域のスーパーなど周囲との連携があって成り立つサービスだが、どのようにして実現に至ったのか。発案者である、ヤマト運輸岩手主管支店営業企画課課長の松本まゆみ氏に、いかにリーダーシップを発揮したのか聞いてみた。
ところが当の本人は、「リーダーシップだなんて、意識したことなど全くないです」と言う。そこで、「まごころ宅急便」誕生の軌跡を追いながら、松本氏のリーダーシップ発揮の瞬間をたどってみたい。
常連客の孤独死から始まった
■強烈な原体験と強い責任感
ことの始まりは、松本氏がSDとして盛岡を担当していた頃にさかのぼる。
担当のエリアには、常連の利用客がいた。週に一度、離れて暮らす息子からの届け物を心待ちにしている一人暮らしのおばあさんだった。
「夕方、家の前にトラックを停めると、おばあさんはエンジンの音を聞きつけて縁側に飛び出して来るんです。SDは多くの荷物を集荷し、お客様の元へ届けるのが仕事なので、常に時間との勝負です。しかし、おばあさんとは少しおしゃべりをするのが習慣でした」(松本氏、以下同)
ところが、ある日のことである。夕方、いつものようにトラックを家の前に寄せても、おばあさんは一向に縁側に現れない。玄関先で来た旨を告げると、「そこへ置いといて」と壁の向こうから声が聞こえた。不思議に思ったが、そんな日もあるだろうと荷物を置きその場を後にした。
それから3日後、おばあさんが自宅で亡くなっているのが発見された。しかも亡くなったのは、配達に行った、その日の晩ではないかという。
どうしてあの時、おばあさんにもう一声かけなかったのだろう―。後悔の念が松本氏を苦しめた。