巻頭インタビュー 私の人材教育論 目的意識と哲学から真の課題を 捉え解決する技術経営者を育成
富士通研究所は、富士通グループ16 万人と共働し、最先端テクノロジーの研究開発と、それを活用するビジネスモデルを創出し、社会に大きな変革を起こすことをミッションとしている。
人を中心とした新たな価値創造「ヒューマンセントリック・イノベーション」の実践がゴールだが、そのために必要となる研究者とは、どういった能力や資質、教養を持つ人なのか。
そうした人を育てる仕組みと共に、佐相秀幸会長に聞いた。
“B to B、from C”へ
―最初に、経営戦略の方向性について教えてください。
佐相
私たちがめざしているのは、人を中心とした新たな価値創造「ヒューマンセントリック・イノベーション」の実現です。それをベースに、トップダウン、ボトムアップを繰り返しながら、技術戦略と経営戦略を一体化して実行していきます。
通常、富士通を含めICTの会社はB to Bがメインです。しかし、ICTの最終的な受益者は一般消費者・個人(コンシューマー :C)ですから、B toB to Cではなく、B to B from Cという発想で、常にエンドユーザーの視点を意識しなくてはなりません。
例えばユビキタスのような技術なら、フロントのコンシューマーが見えやすいですが、サーバーや通信機器になると、その先にいるエンドユーザーを忘れがちです。そうなると、SEがお客様に提案をする際、どうしても機能や性能本位の提案になりがちです。そうではなく、お客様の先の、個人の視点で捉えるのが、ヒューマンセントリックの考え方です。
―ヒューマンセントリック・イノベーションを実現するために求められる人材とは、どのような人でしょうか。
佐相
常に高い目的意識や哲学を持ち、大局的な視点で取り組むべき真の課題を理解し、それを自分のフィールドに落とし込んで目標を設定できることが大事です。そしてその課題を解決するために関係者を巻き込む「場」をつくり、目標を実現するために政治力も含めたあらゆる手段を駆使していく人材です。突き詰めていくと、経営学者の野中郁次郎先生が提唱する「知識経営論」の実践知リーダーに近い。そして、研究者一人ひとりが経営者になり、自律的に動くことができれば理想的です。
未来の姿から考える
―現場で働く人たちは、目の前の仕事に追われ、他のことに目が行きにくい面があるのでは。現場の研究者に目的意識や哲学を持たせるには何が大切ですか。
佐相
目的意識や哲学を持つには、将来に到達すべきゴールや理想が必要です。ところが日本の研究者は、目の前のことから積み上げていくことは得意なものの、将来から今を考えるということが苦手です。
ルネサンス期の有名な画家であるラファエロの「アテナイの学堂」には、中央にプラトンとアリストテレスという2人の偉大な哲学者が描かれています。この2人は対照的で、プラトンは指で天を指して、アリストテレスは手を地面に向けています。これは2つの哲学、つまり観念的なプラトンと現実主義のアリストテレスを象徴していますが、日本の研究者はアリストテレス的であり、現在から帰納的に将来を考える人が多い。それも大切ですが、同時にプラトンのように理想の姿から演繹的に現在を考えていく思考も重要です。
演繹と帰納は、他にもさまざまな言い方が可能です。例えばバックキャスト(将来を起点に現在を考える)とフォアキャスト、鳥の目と虫の目、トップダウンとボトムアップなどと言い換えてもいい。そして、こうした2つの概念を合わせた方法論として、私はべトナム戦争時のアメリカ・ベトナム両者の戦法から、「戦略的ゲリラ戦法」という言い方を使っています。
表現は違いますが、どれも示している内容は変わりません。研究者には未来から逆算して考えていく思考と、現在から積み上げていく思考の両輪が大切です。
―現在からの積み上げでやってきた研究者がいたら、どうやって将来を意識してもらいますか。
佐相
一人前の研究者なら、少なくても自分の研究分野の未来のトレンドは分かっていなければいけません。