TOPIC 第32回メンタルヘルス大会レポート 働きがいのある職場・希望が持てる組織づくり職場に花を置き、心に寄り添い、モグラたたきでない対処を
働く人のメンタルヘルスに関する研究や実践活動の発表の場である「メンタルヘルス大会」(日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主催)が今年も9月2~3日に東京で開催された。
第32回を迎えた今回のテーマは、「働きがいのある職場・希望が持てる組織」。社員の心身の健康を保つことは、当然ながら能力を十二分に発揮してもらう環境づくりとイコールだ。当日の講演や提言、事例発表では、そこにさまざまな要因があることが明らかになった。一部を紹介する。
【研究報告】「2010年版産業人メンタルヘルス白書」報告
2日間にわたって開催されたメンタルヘルス大会だが、初日には、同研究所副所長・今井保次氏から今年の『産業人メンタルヘルス白書』についての報告があった(調査対象:JMI健康調査を実施した民間企業の従業員7万8308名)。今年の白書のテーマは「メンタルヘルスとワーク・ライフ・バランス」である。結論からいえば、調査対象者のワーク・ライフ・バランス(以下、WLBと略す)実現度は、男性65.2%、女性67.5%であった。
男性は年齢と配偶者の有無によってWLBが大きく変動するが、30代後半は配偶者の有無にかかわらず、WLBが大きく落ち込んでいる。一方、女性は年齢と配偶者の有無による変動が少ないという違いがある。調査結果の詳細な分析によると、WLBが実現しているかどうかに関係がある因子としては、①抑うつ気分、②疲労、③仕事の負荷、④仕事の肯定感の4つがあるという。中でもWLBはメンタルヘルス(抑うつおよび疲労)と高い相関があることがわかった。今井氏は、「WLBとメンタルヘルスはほとんど同じといってもいい」と語る。原理原則でいえば、WLBは労働基準法の第1条第1項にある「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」労働条件である。ただ、昨今は最低限の労働条件がクリアされている人々の中にも心身に病を抱える人が増えている。つまり「労働条件の向上だけでは達成できないWLB、ないしメンタルヘルスがあるということではないか」と今井氏は問いかけた。
同研究所が民間企業の従業員に対して実施している健康調査の結果で見ると、確かに残業時間が多いほど身体症状に問題が現れてきているが、うつ病が心配される人は、残業時間が多い人ばかりでなく、残業を「ほとんどしない」人の中にもいる(図表1)。「アドバイス率」は、この健康調査の結果、カウンセラー等の専門家によるアドバイスが必要と判定された人の割合を示す。
組織か個人かの二元論を疑う
一般的に多くの人が、「何らかの原因があるから結果がある」という因果論に捉われがちである。この分野でのその代表例が「残業時間が増えるほどメンタルヘルスが低下する」という通説だが、これは必ずしも正しくないことが、上記の調査から示された。「我々人間が単純な機械ではないことの証明だ」と今井氏はいう。
また、「心の病の原因は個人的なもの」という人もいれば、「職場に原因がある」という人もいる(図表2企業取り組みアンケート)。この2つのうちのどちらか1つが「正解」だと決めつけていいのだろうか。今井氏は、「原因がどちらにあったとしても、患者の予後を良くするためには、職場での状況を改善しなければならない。またそもそも、個人か職場か原因を分けることに意味はあるのだろうか」と疑問を投げかけた。
さらに、「健康か病気か」という二元論にも今井氏は疑問を呈する。
「メンタルヘルスの患者ゼロは本当に良いことだろうか。多様性の議論からすれば、ゼロは好ましいことではない。患者を完全にゼロにしようとすれば、必ず“地下”に隠れてしまう人も出てくるだろう」
今井氏はこんな含蓄のある言葉で、今年の産業人メンタルヘルス白書に関連した発表を締めくくった。
【基調講演】精神医療から「職場のメンタルヘルス」を問う
続く基調講演では、北里大学医学部精神科主任教授・宮岡等氏が「精神医療から“職場のメンタルヘルス”を問う」というテーマで語った。メンタルへルス対策に関する誤解や偏見、誤謬について、精神科医の立場から「これは間違い」、「これはこのように判断すべき」と鮮やかに交通整理がなされた。
宮岡氏が一般に流布する「間違い」に気づいたきっかけは、企業で従業員向けに行われるメンタルヘルスに関する各種講演であった。何回かの講演を耳にした時、それらの内容が似ている点に驚き、また、精神科医の視点からすると、いくつか“気になる点”があったという。講師はいずれも精神科医ではなく、臨床心理士や産業カウンセラーであったという。ここで、宮岡氏の主な指摘を紹介しておこう。
1)「ストレス」の定義の間違い
一般に「ストレスの多い社会」などといわれるが、実は「ストレッサーの多い社会」の誤り。ストレスとは、環境要因であるストレッサーによってもたらされた個々人内部の緊張状態であり、「ストレス状態」という表現が正しい。