連載 ベンチャー列伝 第24回 “居心地”の良い職場づくりが世界屈指の技術を支える
独創的な技術創出には、優れた人材が不可欠だ。日本の製造業の最先端技術を支え、海外からも視察が絶えない南武。同社では“脱3K”に取り組み、若手や女性技術者を積極的に採用・育成する。社員の帰属意識を高めることで、他社との差別化を図っている。
ピンチの時にこそ人材育成を
数多くの「町工場」が軒を連ねる東京都大田区。これらの工場が、日本の製造業を支える高度な技術を生み出し、海外でも高い評価を受けてきた。それら大田区の工場のうち、特に優れた技術を持ち、従業員や地域へも配慮している工場は「優」工場の指定を受ける。その1社が、南武である。高い技術力をベースに、特殊油圧シリンダメーカーとして確固たる地位を築いている。
また同社は、大田区が2006年6月にタイのバンコク郊外に開設した工業団地「オオタ・テクノ・パーク」にも入所、海外での生産拠点づくりを支援している。
南武の技術力の高さは、国内外で数々の特許・実用新案を獲得していることからもよくわかる。タイの他、アメリカと中国にも工場を持ち、その高度な技術を学ぼうと、海外からの視察や要人訪問が絶えない。
こうした実績と評判を持つ同社でも、世界的な景気悪化をもたらしたリーマンショックの影響は深刻だったという。
「2008年以降、日本を支える自動車産業が大きく落ち込んでしまいました。当社の売り上げの約7割を占める金型用中子抜きシリンダは、主に自動車業界向けですから、当然、当社のような町工場では、その影響は計り知れません。ただこんな時だからこそ、将来に向けての人材育成が必要なのです」
こう語るのは、1995年に2代目社長へと就任した代表取締役・野村和史氏である。
「他社が人員削減を進める中、当社はリストラをしないで人材育成に力を入れてきました。というのも、需要が回復してきた時に、すぐに対応できる技術力を持っていなければならないからです」(野村氏、以下同)
今後、日本の町工場は、価格面においては中国メーカーに勝ち目は少ない。そうなると、ニッチな分野で付加価値を高め、価格競争に巻き込まれない戦略が重要になる。南武ではこれまでも、特殊な技術を開拓し、他社には真似のできない実績を蓄積してきた。このノウハウを維持し、さらに高めていくには、高い技術や付加価値のある製品づくりを実現する人材を育てていかなければならないと野村氏は考えた。
そこで、リーマンショック以降仕事量が激減した際に、同社では工員の“多機能工化”に注力した。たとえば浜松工場では、普段コンピュータで制御するNC旋盤(金属を切り出す工作機械)を使っていた工員が、手動の汎用旋盤を担当し、使い方を覚える。逆に、汎用旋盤を使っていた工員がNC旋盤を担当するなど、相互に技術を学び合う機会を設けた。
特筆すべきは、こうした動きが自主的に起こったということだ。最初は本社の技術者が浜松工場に赴き訓練を行ったが、仕事量が減った分、空き時間に自主的に新しい技術を身につけていくようになっていった。
この浜松工場は、全員が20代の若者で構成されている。リーダーの係長が25歳、最年少が19歳。普段、300坪もの工場を、20代の若者10人で回しているが、1人ひとりが自主的に多機能工をめざして努力したことで、浜松工場の技術力は格段に上がっていったという。ピンチの時こそ、自発的な学習意欲を喚起するチャンスなのである。