CASE.1 三井物産人材開発 理念教育で「士魂商才」を浸透させる 全社員に歴史と理念の共有を商才を「つなぐ力」で総合力に
江戸時代にルーツを持つ三井物産では「士魂商才」を旨とする経営理念を掲げている。
「国づくり」という高い志、「士魂」と、それを実現するための「商才」を人材育成の柱とする同社。
カギは社員一人ひとりの「個」の力、そして会社全体の「総合力」だ。
グローバル規模で研修を行い、「人の三井」を実践する同社の理念教育、そしてつながる力の育成法とは。
● 商才の考え方強い国づくりを商業で実現
そこに商売の種が落ちている。多数の人が無視して通り過ぎる中で、その価値に気づき、水を与えて発芽させ、収益を生むビジネスに育て上げる。一般的に「商才」といえば、そのような能力を連想する人が多いだろう。
しかし、三井物産の社員に求められる「商才」はそれでは足りないと、三井物産人材開発の羽白剛代表取締役社長は言う。単にビジネスの種に気づくだけではなく、気づいたものがどのように国や社会のためになるか、長期的に見て本当に世界の役に立つものかどうか、判断する目を持たなければならない。また、そこにイノベーションの要素があるかどうかも重要だ。そうした視点を伴うことで初めて、同社の求める「商才」となる。
その背景には、創業以来、「士魂商才」の精神を貫き続けてきた同社の伝統がある。
前身の旧三井物産は、1876 年、わずか16人の社員で設立された。当時、欧米諸国との貿易は、日本に不利な協定に基づいていた。金や銀、美術品、工芸品などがやすやすと国外へ持ち出される──。その様を目の当たりにした初代社長の益田孝は、「このままでは日本は欧米列強に搾取され尽くしてしまう」と危機感を抱き、国を救おうと三井家からの社長就任要請に応じた。益田はもともと武士の出所であり、その後も多くの社員が士族から集められた。「士魂(国を思う気持ち)」と「商才(商売の才能)」がひとつの言葉で語られるのは、このためだ。
「強い国づくり」を「商業」という手段によって実現することこそが、同社が誕生した目的であり、現在においても変わらぬ理念になっている。
● 歴史教育の目的 経営理念の“確実”な浸透
同社では、2008年頃から「三井物産のこころ」という研修を、全社員を対象に実施している。経営理念や創業からの歴史などをまとめたもので、現在の資料は全部で166ページにも及ぶ。テーマごとに小分けにし、新人研修、三年目研修、管理職研修など、節目節目の機会に繰り返し実施している(37ページ 図)。
三井グループ全体の家祖である三井高利は、越後屋を開店した江戸時代の豪商として知られる。自身が武家、妻が商家の出身であったことから、「士魂」と「商才」の両方に通じていた。
その後、高利の長男が出家して宗竺となり、「同苗共益(一族がますます栄えること)」の言葉で有名な『宗竺遺書』を著わす。