第15回 演じて振り返って気づく「学び」の世界 インプロで組織はどう変わる? 高尾 隆氏 東京学芸大学芸術 スポーツ科学系音楽 演劇講座演劇分野准教授|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
昨今、さまざまな組織、企業で導入され始めたインプロ=即興演劇のワークショップ。インプロが組織を揺さぶる時、一体何が起こるのか?共著『インプロする組織 予定調和を超え、日常をゆさぶる』(三省堂)を上梓した東京学芸大学・高尾隆准教授と東京大学・中原淳准教授が特別対談。インプロが組織にもたらす可能性を探る。
日常を転倒させるインプロの魅力
中原
最近、研修にインプロのワークショップを取り入れる企業も増えてきたようですが、一般的には、まだまだなじみがないのではないかと思います。まずは、インプロとは何か教えてください。高尾
インプロとは、インプロビゼーションの略で即興という意味ですが、インプロと略して使う場合は即興演劇のことをさしています。
近代演劇では、脚本があり、役者は脚本通りに演じますが、インプロには脚本も設定もありません。ものによってさまざまですが、僕のやっている舞台では、数人の役者が交替で舞台に立ち、短いもので5 分、長いものだと1時間位のストーリーをその場でつくっていきます。
中原
設定も役割形成も即興だから、突然、「課長、あの件はどうなったかね?」「部長、それがまずいんですよ」と、部長と課長の劇が始まったりするんですよね。インプロはそもそも、何のためにできたのですか。
高尾
元々は、役者が舞台上での緊張をなくすため、あるいはより創造的な演劇活動を行うためのトレーニングなのですが、20 世紀半ばにイギリスやアメリカで盛んになり、今では世界中で行われています。
中原
僕と高尾さんは大学時代の同級生ですが、インプロをやっているとは知らなかった。高尾さんとインプロとの出会いはいつ頃ですか?
高尾
1996 年、大学3 年生の頃。中原さんと出会ったのとほぼ同時期です。インプロワークショップに参加し、いくつかインプロゲームを教わったのですが、「これは絶対、背後に考え方、理論があるな」と感じ、そこに魅力を感じました。その2 年後、インプロの創始者の1人、キース・ジョンストンに出会い、彼のもとで本格的にインプロを学び始め、今は学芸大学で学生にインプロを教えつつ、「即興実験学校」というインプロ劇団を主宰したり、あちこちでインプロワークのショップを行ったりしています。
中原
僕らが久々に再会したのは数年前だったかと思いますが、その時、高尾さんからインプロの話を聞き、僕は「絶対に企業、組織の学習の方にも使えるな」と直感的に感じました。
というのは、ちょうどその頃、言葉を使ってのコミュニケーションの限界を感じることがあったからです。たとえば、企業研修で「みなさんで対話しましょう」と言ってみても、結局は偉い人が話を遮ったり、イニシアティブを握る、といったことが起きてしまう。どんなに対話をしても、日常の権力関係から完全には抜け切れない。特に、自由にもの申す風土が根づいていない“重い組織”では、ちょっと「対話」をしたくらいでは、組織のコリはほぐれない。もちろん、対話は重要であり、不可欠なのです。しかし、対話に入る前に、日常において積み重なった激しいコリを荒療治でほぐさなければならない場合もある。
そんな時に少しモードを変えて、日常を転倒させてしまうような活動を取り入れたいと考えていました。誰にでもできて、それでいて偉い人の自由にならないもの……と考えていた時、高尾さんのインプロを知り、「おっ、いいんじゃないか?」と。
企業や組織がインプロを取り入れる意味
中原
高尾さんにとって、組織、企業がインプロをする意味についてどうお考えですか?
高尾
僕にとってインプロはあくまでも「演劇」なのですが、組織、企業から来る依頼は、大きく分けて「イノベーション、クリエイティビティにかかわるもの」と「コミュニケーション、コラボレーションにかかわるもの」の2つがほとんどです。「イノベーション」に関しては、ゲーム開発、テレビ局などクリエイティブ系の企業をはじめ、メーカーなどからもオファーを受けます。医療機器メーカーから依頼を受けたことがあるのですが、その企業では、売上のほとんどを圧倒的シェアを誇る1製品に頼っている。そのことに危機感を覚えた経営陣が、ビジネスに創造的なイノベーションが必要だと感じ、インプロを研修に取り入れたい、という話でした。「コミュニケーション」に関しての研修依頼も多くあります。ある保険会社からは、営業部員向けの対顧客コミュニケーション研修の一環として、インプロを取り入れたいという依頼を受けました。また、介護従事者へのコミュニケ―ション研修もやりました。
重度の認知症の方になると、言葉でのコミュニケ―ションは難しくなります。Aさんがお風呂に連れて行こうとすると拒まれるのに、Bさんが連れて行くと行ってくれる、といったことがままある。その方は言葉以外の何かに反応しているわけですが、それが何かはわからない。今までは「あの人は経験があるから」「相性がいいから」と片づけられていたものが、もしかしたら身体を使うインプロに、解明するヒントがあるのではないか、ということで関心を寄せてくださったようです。
中原
実際、介護士の方々の研修にインプロを取り入れたことで、認知症の方々が反応している「言葉以外の何か」は見えてきたのですか?
高尾
とてもよくわかりました。インプロで【ステータス】という概念があるのですが、施設の利用者さんと介護士さんとの間には、このことがかかわっていました。利用者さんの中には、大企業の元重役だった人や、学校の先生だった、という人もいます。そういう人に、介護士の方が「ステータス高く」、つまり上から偉そうに頼んでも、うまくいかない。そういう人には、「ステータス低く」、つまり下からお願いするような姿勢や動きで頼むとうまくいくのです。逆に今までご主人に従って生きてきた奥様、というタイプの人は、こちらからリードしてあげるとうまくいく。
こうしたことは、インプロをやっている最中にはわかりません。後で「どうしてこうなったのだろう?」と、リフレクションをした時に、初めてわかるのですが、それに気づくと、利用者さんへの接し方が変わるのです。
人間は意識が強いので全てを言葉でコントロールしていると思っていますが、それは幻想で、実際は言葉ではないものに反応して生きているのではないかと思っています。インプロで身体を使うことで、それが実感できます。
ただ、自己矛盾のようですが、そうしたことは言葉にしないと気づけません。インプロは、やりっぱなしだと、「楽しかった」で終わってしまう。だからこそ、インプロの後、振り返りながら丁寧に言葉にする作業、リフレクションが重要なんです。