巻頭インタビュー 私の人材教育論 素直に物事を見る感性が「考える力」を養いイノベーションにつながる
医療崩壊が叫ばれる中、八王子に4つの医院を開設し、「家族ボランティアシステム」や独自の電子通貨「はびるす」の発行など、イノベーティブな改革を次々と行う北原茂実医師。さらに「社会は経営しなければならない」といい切る北原氏の活動は、医療の枠を越え東北復興のためのコンサルティングや日本の医療を輸出産業にするための企業活動などにも発展している。社会の矛盾や問題に気づき、イノベーションを起こしていくためには、どのような眼差しを持ち、考えればいいのか――
――医療崩壊が叫ばれて久しい中、低コスト・高品質医療を実現しているとお聞きしています。なぜそのようなことが可能となるのですか。
北原
医療崩壊が問題視されるずっと以前の1995年、『より良い医療をより安く』『日本の医療を輸出産業に育てる』の二つをテーマに掲げ、東京都八王子市に北原脳神経外科病院(現・北原国際病院)を開設しました。当初から無駄な検査や投薬はせず、患者さんにとって本当に必要な医療とは何かをスタッフや患者家族と共に絞り込んでいくことで、低負担で高品質な医療が提供できたと自負しています。その基本の上に我々が導入している革新的な取り組みとしては、医療を貨幣経済から切り離す「家族ボランティアシステム」「はびるすシステム」「就労支援システムあしたば」、医療を保険制度のしばりから開放する「ファームプロジェクト」「ワンコインドック」などがあります。家族ボランティアシステムとは患者さんが入院した時に室料差額を減額する代わりに、ご家族に当院でボランティア活動をしていただくというものです。この「家族ボランティアシステム」がうまく軌道に乗り始めたところで、電子通貨「はびるす」の発行に踏み切りました。これは、将来的に自分や家族が病気になった時に備えて事前にボランティア活動を行ってもらい、その報酬を電子通貨で支払うという当法人独自の制度。今はまだ脳ドックや託老所、院内カフェなど保険適用外の部分でのみ「はびるす」を利用していただいていますが、今後、国の規制が緩和されれば、通常の診療もこの電子通貨で支払うことが可能になります。
――「ワンコインドック」とは。
北原
文字通り500円1枚から受診可能な簡易人間ドックです。2010年12月、JR 八王子駅南口の再開発ビルの1階に新たな総合クリニックを開設しました。こうした人の行き来が多い便利な場所で、空き時間に利用して健康管理をしてもらおうというものです。検査は簡単で、専用のチェックシートに記入してもらい、あとは採血するだけ。健康保険証を提示する必要もないし、名前を書く必要もありません。ただし、携帯電話番号とメールアドレスだけ記入してもらい、血液検査の結果を携帯にメールで届けます。その後はウェブ上やDVDなどで医者の代わりに疾病の解説や注意事項、食事の指導などを行うサービスも用意しています。
実はこれ、国が定めるところの「医療」ではありません。採血と検査、DVDによる指導は保険診療には当たらないため、健康保険証も必要ない。このシステムが普及すると日本の総医療費が大幅に削減されます。なにしろワンコインドックは「医療」ではないため、税金も保険料も使われないのですから。
――高齢化の進行による総医療費の高騰が国を滅ぼすという「医療費亡国論」も叫ばれています。
北原
現在、日本の総医療費は約36兆円で、ざっと半分が保険料、15%が患者の窓口負担、残りの35%が税金で捻出されています。あまり知られていませんが、この36兆円という水準は、実は対GDP比で先進国中なんと最下位。OECD諸国の平均すら下回っているというのが現状です。
医療崩壊とは、つまるところ「医療費の財源不足」のことを指します。医師不足も救急患者のたらい回しも、医療に適切なお金が投入されていないことが真の原因です。それでも国は、ただひたすら医療費を抑えようと躍起になっています。2006年には診療報酬を改定し、総医療費は3.16%、実に1兆円も引き下げられました。
そのうえ、国民皆保険に基づく診療報酬制度によって、病院側は健康保険を使った診療については自ら価格を決めることができません。医療サービスの質は病院や医師によって違うにもかかわらず、病院はいわば国に手足を縛られた状態で、自由な経営すらままならない状況です。人を雇うお金もなく、医師や看護師に限界をはるかに越えた超過勤務を強いていれば、医療が崩壊するのは火を見るより明らかでしょう。
しかし、文句ばかりいっていても何も変わりませんし、目の前の命も救えません。大切なことは、現行のルールの範囲で創意工夫し、最大の成果を引き出すこと。民間企業なら人員削減もできるかもしれませんが、民間病院でそれをやれば医療崩壊が加速するだけです。そこでまずはボランティア制度によって、医療現場への市民の理解を促し、同時に人員不足を解消し、さらにはワンコインドックのような自由診療部門やファームプロジェクトのような医療周辺ビジネスを圧倒的な成功事例に育て上げることでドミノ倒しのように普及させ、国の総医療費削減をもめざしているというわけです。