人材教育最前線 プロフェッショナル編 人材育成の中で伝えつなぐ創業者の魂
『人間尊重』を理念に掲げる出光興産。
上場を果たした2006年までは勤務時間管理もなく、社員には若いうちから責任ある仕事を任せる。そこには、“組織に管理される人間になるのではなく、何事も自ら判断し、働く中で尊重される人間へと育ち、社会に貢献してほしい”という願いが込められている。人事部の古池勝義氏はそんな出光の理念を肌で感じ、次の世代へと引き継ぐ者の一人だ。「教育・育成の仕事を全うして、私を大事にしてくれた会社に恩返ししたい」。販売職をキャリアアンカーとして見据えていた同氏が、なぜ人事の道へと進んだのか。その道程と思いを聞いた。
先輩の働きぶりで触れた創業者の“魂”
「私の実家は蕎麦屋でしたが、両親からも店を継がずに広い世間に出ろといわれていました。とはいえ会社員なんて最初は見当もつきませんでした」そう入社当時を振り返るのは、出光興産で人事部主任部員として人材開発を担当する古池勝義氏だ。出光興産に入社したのは、1984年。入社を決意させたのは、創業者・出光佐三について書かれた1冊の伝記だった。就職活動中に目にした当時の出光興産の会社案内には、「タイムカードはない」「定年も馘首(カクシュ)もない」など、一風変わった社風が書かれていたという。こうした独特の社風に興味を持った古池氏は、創業者の伝記を読むことにしたのだった。「本を読んでしびれました。戦後、壊滅的な危機にさらされても社員を一人も解雇せずに全員で会社を復興させた強さ、さまざまな苦難の中でも正しいと思ったことを貫き通した姿勢――。こうした創業者の魂が生きている会社だとしたら、きっと仕事もやりがいがあるに違いないと思ったのです」出光佐三の理念を継承し、社員の自主性に任せて仕事をさせる、その姿に実際に触れてみたいと考えた古池氏。大学を卒業後、念願だった同社へ入社した。金沢支店で経理の仕事に就くと、まずそこで、商業高校出身の先輩社員の仕事ぶりに圧倒されたという。「社会に出て実際に積み上げてきた実力が、会社の事業を通じて世の中に還元される姿を目の当たりにしました。私は大学を出ていることもあって、ものの数カ月で追いつけるのではないかと正直、勘違いしていたのです。ですが、一生努力、勉強しない限り、こうした姿にはなれないと気が引き締まりました」“卒業証書を捨てよ”という出光佐三の言葉がある。出光では、どの大学・学校を卒業しても出世とは関係ない。社員は日々修行しながら自ら成長し、社会に貢献することをめざす。正にその通りだったのだ。さらに、入社と同時に独身寮に入ると、生活面でも先輩社員から多くを学んだ。日常の細かいところまで指導を受けたが、特に厳しくいわれたのが勉学についてだった。販売に関する法律や経理の基本は、仕事を通じて覚えていけば良いと思っていた古池氏は、「翌日には即戦力になるくらいの勉強をしろ」の言葉に面食らったという。「とても厳しかったですが、やりがいがありました。先輩社員も自ら勉強している姿を見せてくれましたし、後輩ができたら自分が持っているものを教え、次へと引き継ぐのが使命だと考えていたのでしょう。人を育てていくという考えをみんなが持っていると実感しました」食堂を備えた寮から、ワンルームの独身社宅へ替わり、完全に生活が独立した現在でも、先輩、後輩が集まり、一緒に食事に出かけることが多いという。仕事のスキルだけでなく、人間としての成長を大切にする出光の文化が根づいている証である。