特別対談 震災後の働く人のメンタルケアについて考える 今、人事担当者にできること知ってほしいこと
3月11日に発生した東日本大震災は、甚大な被害をもたらした。
被災者が直面した現実の惨さ、心の傷の深さは計り知れない。
一方で、震災の影響は日本全体に及び、被災地域外の人にもまた大きな衝撃を与えた。
「仕事が手につかない」、「今、自分は何をすべきかわからない」など、震災後、
自らの仕事観、キャリア観の揺らぎを感じている人は少なくない。
本対談では、こうした価値観の揺らぎをどう解釈し、
働く個人と組織がどのように対処すべきかを考える。
ポスト3.11の世界で見えてきたもの
中原
まず初めに、このたびの震災で犠牲になられました方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。被災地域の1日も早い復興を心から願っております。
今、多くの企業にとって喫緊の経営課題は、震災後の生産ラインの復旧や事業計画の見直しといった点にあります。一方で、この震災が投げかけた「人と組織に関する課題」も小さくないと感じています。
3月11日、突如として襲ってきた不条理な震災という危機は、マズローの欲求段階説(図表1)でいうところの低次欲求、つまりは安全欲求、生理的欲求までも脅かしました。
その結果、これまでのキャリア観、価値観、労働観、人生観に「揺らぎ」が生じた方も少なくないのではないでしょうか。プレ3.11の世界とポスト3.11の世界は、何かが変わってしまった、大きな断絶が生じてしまったかのように思われている方も少なくないように感じます。
震災は、「今まで見えなかったもの」を「見える(可視化)」ようにしてしまったところがあります。たとえば震災直後、動揺するトップの姿からマネジメントの機能不全が見えてきてしまった。一見、システム化されていると思われていたオペレーションが、突如機能不全に陥り、それがいかに属人的なものであったかが見えてしまった。また、安否確認の難しさは、職場の人間関係、つながりの希薄さを気づかせてしまった。
これは僕自身の話ですが、震災後、翌週の仕事が次々とキャンセルになり、「僕の仕事って不要とは思いたくないけれど、不急の仕事なんだな」と思いました。自らの仕事の特徴、意味、そして社会的意義を問い直してしまったわけです。実際、震災をきっかけに、自身の組織観、労働観、キャリア観を問い直した人は多かったのではないでしょうか。
そしてこのことは、組織の中で働く人にとって、思いのほか、大きな問題なのではないかと感じています。
今まで見えなかったものが見えてきてしまったことで、個人の組織観、労働観、キャリア観が揺らぎ、組織が持っていたマネジメント体制や大切にしていた価値観が揺らぐ――。個人の価値観の揺らぎが、ネガティブな方向に向かうと、メンタルの問題にもつながってくる可能性があります。
こうした価値観の揺らぎをどう捉えるのか、今、人事ができることは何か、といったことを精神科医・産業医で、個人のメンタルヘルス問題と企業の対応についてお詳しい野口海先生と話していきたいと思います。
みんな被災者であるという見方
中原
まずお聞きしたいのは、災害時の働く人のメンタルケアについて考える場合、どこから考えていけばいいのか、ということです。
野口
初めにお断りしておきたいのは、今、一番大変なのは被災地の方々であるということです。そのことについては、みなさん心を痛めていて、何とかしたいという思いを持っていらっしゃると思います。
そのうえで申し上げますが、私は首都圏など被災地外の方々も含め、「みんな被災者である」という前提からスタートしてもいいと思っているんです。
勤務中、高層ビルの上で激しい揺れに恐怖した人もいれば、会社で一夜を明かした人、電車が止まり、暗闇の中、何時間も歩いて帰宅した人もいます。震災後は、繰り返し流される津波や被災地の惨い映像や原発事故による計画停電や放射能への不安に苛まされる日々。今まで経験したことのないような経験をしたわけで、こうした特殊な状況下では誰しも大きな恐怖や不安を感じ、心身が反応します。
たとえば、ずっと揺れている感覚が続く「地震酔い」もストレス反応の1つですね。建物がミシミシと鳴る音が気になる、という方もいます。また、眠りが浅い、疲れが取れない、風邪をひきやすいなど身体面に反応が出ることもあります。慣れない症状が出ると、不安になる方も多いと思いますが、誰にでも起こりうる自然な反応です。
中原
そういえば、震災後、ちょっと昼寝をしようとウトウトしたら、普段は昼寝をしても1時間位なのに、4時間も寝てしまった、ということがありました。「自分は意外と疲れているんだな」ということを実感しました。また、震災直後はニュースを見ては一喜一憂、感情も不安定でした。肩凝りや腰痛も以前よりひどくなった気がします。