自然を愛し、理念を とことん話し合う集団
「社員をサーフィンに行かせる会社」、
「精神的報酬のある会社」など、
パタゴニアを形容する言葉はユニークだ。
社員が生き生きと働きつつ、顧客の支持を得ている同社。
そのカギは、同社のパワフルなミッションステートメントと、
それを実現するために自己矛盾すらオープンに
徹底的に話し合う社風にある。
ビジネスの目的は「地球を守ること」
米国のアウトドア衣料品メーカーであるパタゴニア。同社の社風は、創業者のイヴォン・シュイナード氏の書籍のタイトル『社員をサーフィンに行かせよう』に表れている。良い波があれば、自己責任でサーフィンに出かけていいのだ。当然、社員のモチベーションは高い。
この実に自由な社風を持つ同社のミッションステートメント(企業理念、図表1)が示すように、パタゴニアの存在意義は、利益を出すことにはない。ビジネスを通じて環境問題を解決することであると、イヴォン・シュイナード氏は述べている。後述するが、利益は、第一の目的ではないとわきまえたうえで追求するものと認識されている。
このミッションステートメントを実現するために、どのように行動すればよいのか。その指針となるのが図表2の4つのコアバリューである。ではミッションステートメントと4つのコアバリューが、同社内にどのように浸透しているのか。その最も大きな部分を占めるのが、OJTだ。
たとえばパタゴニアには接客マニュアルがない。店舗スタッフ一人ひとりに、何がパタゴニアの価値観に合致するのかを考え、自分の責任において行動することを求めているからだ。同社日本支社長の辻井隆行氏自身の経験から、どのようなことなのか紹介しよう。
パタゴニアでは環境負荷を軽減するため、商品を入れる紙袋を用意していない。袋がほしいという顧客には、その理由を説明して理解してもらう。辻井氏が渋谷店のスタッフとして働いていた頃、ある顧客から持ち帰り用の紙袋がないことについてクレームを受けたという。パタゴニア製品は決して安くはない。「こんな高いものを売っておいて袋がないなんてどういうことだ。返品する」と顧客が怒り出したのだ。それを辻井氏は、「それなら結構です」と商品の返品に応じてしまった。
マネジャーに叱られるだろうと覚悟していた辻井氏。ところが閉店後の終礼で「今日の辻井さんの対応について話したいのですが」といって切り出したマネジャーは、次のようにいった。「渋谷店には、パタゴニアのミッションを多くの人に知ってもらうという役割があります。そのことを考えれば、今日の辻井さんの対応には意味があったと思います。ただパタゴニアへのご来店が初めてのお客様であれば、パタゴニアの考えを伝えたうえで、今回はお渡ししますが次回から、できればマイバッグをお持ちいただければ幸いです、というと、もっとパタゴニアを理解してもらえたかもしれません」
マニュアルがないからこそ自分で考え、理解を深める
当時まだ20代だった若いマネジャーのこの言葉を聞いて、「この会社はすごい」と思ったと辻井氏はいう。
パタゴニアは確かに環境を重視しているが、同時にクオリティも重視している。この場合、クオリティには、製品だけではなく接客やマーケティングのクオリティも含まれるのだという。辻井氏はマネジャーの言葉によって、自分は接客のクオリティに目を向けていなかったのではないか、顧客を巻き込み、環境意識を高めていくことのほうが、最終的には環境問題解決の近道になったのではないかなど、考えを深めていくことができた。「今考えれば、私も若かったですよね(笑)。ただ自分で考えずに、単に『こうしろ』と教えられたら、そこまで考えないでしょうし、納得もしなかったでしょう」