環境と現場の知恵が育む 伝統のおもてなしの心
1906年(明治39年)創業、2006年に創業100周年を迎えた加賀屋。
そのサービスを一度は経験したいと、国内はもとより、
海外からも訪れる客は跡を絶たない。
2010年12月には、台湾の北ぺい投とう温泉街に進出した。
異なる文化を持つ台湾にも受け継がれた、
加賀屋の流儀ともいえる“加賀屋流おもてなし”。
その背景には、現場での体感を重視した教育と、
社員がおもてなしを発揮できる環境づくりがあった。
正確性とホスピタリティがおもてなしを生む
石川県の能登半島に、日本一と名高い老舗旅館、加賀屋がある。そのロビーに一歩足を踏み入れると、ふわりとお香のかおりが漂い、琴の音色が聞こえてくる。こうした細やかな心づかいが高く評価され、旅行新聞新社が行う「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で31年連続総合評価第1位を獲得という実績を持つ。
専務取締役の鳥本政雄氏は、創業100年を超えて受け継がれてきた加賀屋流の「おもてなし」について、次のように語る。「加賀屋のおもてなしは、加賀屋の商品そのもの。そしてそれを実現するのは人ですから、マニュアル化はできません。当然、当社にもマニュアルはありますが、それが実現できるのはお客様が求めるサービスの60点。あとの40点は、一人ひとりの社員が持っているホスピタリティを高めることによって実現してきました」(鳥本氏、以下同)
加賀屋のサービスには明確な定義がある。それは「プロとして訓練された社員が、給料を頂いて、お客様の為に正確にお役に立って、お客様から感激と満足感を引き出すこと」。サービスの本質を「正確性」と「ホスピタリティ」としているのだ。「たとえば正しいふすまの開け方や、お辞儀、お茶の入れ方は、知識としてマニュアルで教わって、“訓練”すれば習得できるものです。一方、ホスピタリティ、つまり人間性や思いやりは、マニュアル化できない部分で、知識ではなく知恵を高めていく“教育”で培われます。その中で、その人自身が持つホスピタリティを発揮してもらうんです」
社員一人ひとりのホスピタリティを高め、維持するには、思いやりあるおもてなしへのモチベーションが重要である。そのための施策が、加賀屋の流儀(ウェイ)の浸透・実践のカギといえる。以下、具体的に見てみたい。
おもてなしの知恵を学ぶ現場の体感こそが“教育”
施策の1つは、名刺サイズの「加賀屋グループ品質方針カード」だ。すでに述べたサービスの定義と、それに基づく「加賀屋業務心得」を共有するためのツールで、毎日朝礼で唱和している(次ページ写真)。
これまで「あうんの呼吸」で伝わってきたおもてなしが文章化されていることで、指針として重要な役割を果たしている。しかし、実際に「お客様の立場に立って思いやりの心で接遇する」「お客様の望まれることを理解し、正しくお応えする」といったことを理解し実践するには、やはり体感することが一番だという。「お客様から見て、おもてなしの行動や所作に心が感じられなかったら意味がありません。その心の部分は、日々の仕事の中で、先輩の知恵を学ぶことで磨かれます」
加賀屋では、客が宿泊する部屋に1人客室係がつく。宿泊客と直接やりとりをするこの客室係が、加賀屋のサービスの印象を決定づける。