自らと対話し 判断力を磨き続け イノベーションを起こす
変化の激しい現在、企業は常に新たな事態にぶつかっている。
その時に求められるのは、判断力と、新しい価値を生むイノベーションである。
「Leading Innovation」という東芝のコーポレートブランドをつくった
同社 西田厚聰会長が判断力の磨き方と、イノベーションが起きる企業風土の醸成を語る。
変化の本質に的確に対応する
――ITの進化で、今起きている出来事などについて、簡単に情報を得ることができるようになりました。渦中の当事者よりも周りにいる人のほうが現状を俯瞰できてしまうような現実の中で、リーダーは意思決定をしていかなければなりません。ですから、これまで以上にリーダーの見識や能力が問われる時代になったと思います。グローバル競争下で企業の成長を支える人材には、どのような能力が必要だとお考えですか?
西田
何よりも状況は、刻々と変化しているということに留意しなければなりません。デジタル化とグローバルネットワーク化が並行して広がったために、グローバリゼーションは2倍、3倍の勢いで加速され、それが今、企業の経営環境を複雑にしています。リーダーには、その変化のスピードにいかに対応するかが問われています。どんなに優れた戦略を立てたとしても、実行のタイミングを逸してしまえば、企業間競争に勝つことはできないからです。
もっとも、手を打ちさえすればいいというわけではありません。変化の本質をきちんと洞察したうえで俊敏に対応することが大切です。――洞察とは、本質を見極めること。俊敏とは、素早く適切な行動をするということですね。
西田
私はこれを、「慧敏に対応する」といっています。智慧を使って変化の意味をよく見定めたうえで機敏に行動する。対応するだけでは足りない。状況だけが先に進んで、自分たちは後からついていくというのではだめなのです。重要なのは、慧敏に対応すると共に自らも変革していくこと。つまり、「応変力」です。
市場経済のコンセプトは、競争に勝って企業の成長を実現させることです。高度成長期には、欧米企業に追いつけ追い越せという目標がありました。だから日本人は、“エコノミックアニマル”といわれるほどがむしゃらに突き進むことができたし、事業のスピードに合わせて自己変革していくこともできました。――その結果、日本企業はグローバルな企業間競争の中で頭角を現すことができました。
西田
ところが今、生活水準が上がり、日本人のライフスタイルもワークスタイルも変わってしまった。今の日本人に、「高度成長期の頃のように、がむしゃらに働け」といったところで実現は難しいでしょう。1カ月くらいなら、その精神を取り戻すことができるかもしれませんが、5年、10年とは続かない。これは、先進国が抱えている共通の課題です。――この課題を克服するキーワードが、「応変力」なのですね。
西田
人間が最も素早く行動するのは、危険を察知した時です。何かが起こるかもしれないという切迫感、あるいは何かしなければいけないという焦燥感。「危機意識」という言葉では伝えきれない“Sense of Urgency”が、応変力の原動力といえます。――しかし、事業が順風満帆に推移している時も、ずっと危機意識を持ち続けるのは、容易ではありません。
西田
事業経営においては、競争相手のベンチマークを常態化することが、“Sense of Urgency”を持続するための重要な要素になると思います。ただ問題は、ベンチマークが相手に厳しく自分に甘くなってしまいがちであること。これを逆にしなければ、危機意識は持続できないし、応変力を鍛えることもできません。
さらに事業経営は、「判断する」、「判断したことを決断する」、「決断したことを実行する」という3つのプロセスに分かれます。経営学の先生方は、「なんといっても実行力ですよ。決断しても実行できなければ結果はゼロですからね」とか、「決断ですよ。日本人は決断力がなくていけない」などといわれる。ですが、間違った判断をもとに決断、実行したら、悲劇どころではない。決断力も、実行力もとても重要ですが、最初の判断力がないと大変なことになる。
だからこそ、リーダーの正しい判断力が問われるのです。
自らを他者とし、常に対話する
――適切な判断力を養うには、どうしたらいいのでしょうか?
西田
ギリシア哲学の時代から現代まで、古今東西、「判断力」について記した本は皆無です(笑)。
そういえば、三批判書を発表したドイツの哲学者、カントがいましたね。「純粋理性批判」、「実践理性批判」に続く「判断力批判」で、カントは判断力について分析しています。ですが、これは美的判断について論じたもの。我々にはあまり役に立たない。これを読破したからといって、判断力がつくわけではありません。