第8回 船上での仕事を陸上で振り返る 若手が育つ江戸前漁師の学び 千葉県船橋港 漁師|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
都会の真ん中にある千葉県船橋港で伝統的な旋網漁を行う大傳丸。この船の乗組員14人中12人
が、実は漁業とは無縁の世界から漁師を志してやってきた“転職組”。「仕事は見て盗め」では育
たない今の若者に、漁師の技はどう伝えられているのでしょうか。
未経験可、漁師募集
今回、やってきたのは千葉県船橋港。ここはすぐ近くに湾岸高速が走り、四方をコンクリートの建物に囲まれた一角にある小さな漁港です。
意外なことに、この船橋漁港は、スズキの水揚げ高日本一。他にもコハダ、サヨリ、イシモチ、アジ、ボラなどの魚が獲れます。脂の乗りもよく、鮮度がいいことから、市場でも人気が高いといいます。「『東京湾の魚は水質汚染で食べられない』と思っている方が多いかもしれませんが、それは間違い。東京湾はとても豊かな漁場です」
そう話すのは旋網船団大傳丸を率いる船主兼漁労長の大野和彦さん。船橋で江戸前漁業の伝統を受け継ぐ網元の3代目です。
日本の漁業は今、高齢化と後継者不足に悩まされています。船橋港でも、全盛期の昭和30年代に18あった巻網船団が現在は3つだけになり、3000人以上いた漁師は、現在は100人余になりました。それも60歳以上が過半数を占めています。
漁師は世襲されるのが一般的。漁業組合や漁業権の問題があり、漁業に縁のない人が入りにくい世界です。これが漁師の高齢化と後継者不足に拍車をかけています。
大野さんも大学で貿易やマーケティングを学び、卒業後は漁師ではなく、商社で働こうと考えていました。ところが、大好きだった祖父から、死に際に「頼んだぞ」といい残され、船に乗ることを決意することに。当時「最年少大卒漁師」としてマスコミにも取り上げられたそうですが、「この現代社会に、漁師でいいのか、と不安で、船上で経営学の教材テープを聞いたり、日経新聞を読んだりして、親父からよく怒られた」といいます。
そんな大野さんもやがて漁師の仕事に喜びを見出すようになり、船橋の巻網漁の伝統を残していきたい、と考えるようになりました。