第27回 地上400kmにある実験室を見守る JAXAフライトディレクタの学び 東覚芳夫氏 宇宙航空研究開発機構 フライトディレクタ 他|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
国際宇宙ステーション(ISS)に日本が開発、建設した実験棟「きぼう」。この「きぼう」の運用管制を行っているのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の運用管制チームです。この400km上空の実験室を24時間365日見守り続ける運用管制チームを率いるフライトディレクタの育成について探るべく筑波宇宙センターを訪れました。
2014年5月14日にアジア人宇宙飛行士で初の国際宇宙ステーション(ISS)船長を務めたJAXA宇宙飛行士の若田光一さんが半年の任務を終え、無事に地球へ帰還しました。若田さんのISS滞在中、宇宙実験を行う映像が度々配信されましたが、こうした実験を行っていた場所がISSに設けられた日本の実験棟「きぼう」です。ISSには、常に米国、ロシア他、カナダ、日本、ヨーロッパなど各国の宇宙飛行士が原則6名滞在しており、日本人宇宙飛行士がいない期間も、担当の宇宙飛行士が毎日「きぼう」棟内でさまざまな宇宙実験を行っています。この実験棟「きぼう」を地上から安定的に運用し、実験や研究の遂行を支援しているのがJAXAの運用管制チームです。
お邪魔したのは筑波宇宙センターにある「きぼう」の運用管制室。正面の壁一面の大画面には、向かって左側にISSの映像、右側にはヒューストンのNASAの運用管制室内の様子が映し出されています。室内には10卓以上の操作卓があり、操作卓は全て正面の大画面に向けて並べられています。卓上には所狭しとモニターが並び、「きぼう」から送られてくる熱や電力、通信、環境制御、生命維持などにかかわるデータがリアルタイムで映し出されており、フライトディレクタを含む運用管制員がモニターを監視しつつ、実験や作業の準備、調整作業を行っていました。90分で地球を1周するISS内では、グリニッジ標準時(GMT)が採用されており、宇宙飛行士の起床時間は日本の15時、就寝時間は日本の朝6時半。活動時間はほぼ日本の夜の時間帯となっています。訪れた時間帯は宇宙飛行士の起床直前で、起床後の活動の準備作業を行っているとのことでした。
地上400km上空で毎日さまざまな実験を行っている「きぼう」の運用管制チームを率いるフライトディレクタはどのように育成されているのでしょうか。「きぼう」の組立フライトから運用管制に携わり、運用管制員の訓練プログラムにもかかわっているフライトディレクタの東覚芳夫氏にお話を伺いました。
フライトディレクタの仕事
運用管制チームの仕事は、9つの担当に分かれています。管制、通信、電力系機器類の状態を監視、制御する「CANSEI(カンセイ)」。環境や熱制御系のシステムを担当する「FLAT(フラット)」。宇宙飛行士との交信を担当する「J-COM」。その他、運用計画担当の「J-PLAN(J-プラン)」、ロボットアーム担当「KIBOTT(キボット)」など。
これら専門の異なる運用管制員を取りまとめ、運用計画、システム運用、実験運用など、運用管制にかかわる全責任を持つのがフライトディレクタ「J-FLIGHT(J-フライト)」です。フライトディレクタは、各運用管制員から報告を受けつつ、ISSに滞在する宇宙飛行士や、NASAジョンソン宇宙センター他、各国の管制局にいるフライトディレクタとも連携しながら「きぼう」運用の指揮を執っています。
フライトディレクタの仕事はずばり「マルチタスク」。卓上のモニターを見て機器類の状態や宇宙飛行士の作業状況を監視しつつ、ヘッドセットを通してISSや地上管制局間で英語で交わされる複数の交信に聞き耳を立て、刻々と変化する運用状況を把握し、必要に応じて協議を行ったり、実験や作業などの指示を出したりしつつ、手元では宇宙飛行士や運用管制員の作業計画や手順書の作成や運用ログを残す……といった作業を同時並行で行います。
東覚氏によると、フライトディレクタの仕事で一番難しいのは「宇宙飛行士の時間を確保すること」。宇宙実験や作業の計画は事前に決めておくのですが、前の作業の遅れや不測の事態などにより、必ずしも計画通りに進むわけではありません。