巻頭インタビュー 私の人材教育論 風土改革は上から起こせ!見えない壁を打破する小さな仕掛け
ますますグローバル成長を加速し続けるテルモ。カテーテルや人工心肺装置などの主力製品を武器に海外売上比率は50%を越える。だが、世界をリードするイノベーションを生み出すためには日本の組織にありがちな「見えない壁」を壊す必要がある。「キーワードは“上からの改革”」という中尾浩治代表取締役会長に、独自の自由闊達な組織づくりについて聞いた。
風土改革なくして組織改革なし
―― 昨年5月、会長に就任されてから組織改革、風土改革に取り組まれているとお聞きしています。
中尾
風土改革なくして組織改革はあり得ないと思っています。どんなに素晴らしい仕組みでも、それが生きるか死ぬかは風土次第。逆にいえば、風土ができていないのに、仕組みだけ組み立てても意味がない。
では、テルモがめざす企業風土のキーワードは何かといえば「自由闊達なテルモ」「明るいテルモ」「働きがいのあるテルモ」、この3つです。
中でも特に焦点を当てているのは「自由闊達なテルモ」です。医療機器メーカーの命は他ならぬ「アイデア」。他社よりいかに早く、そして多く、優れた特許を取得するかが勝負の分かれ目となります。米国の医療機器業界では、巨額な損害賠償金を巡る特許訴訟が日常的に起こる。まさに戦争です。それだけに特許を生むアイデアの価値は非常に大きいのです。
そうはいっても、アイデアはそう簡単にはひねり出せません。自由闊達な空気が溢れていて、独自な意見が活発に飛び交い、お互い刺激し合いながら、一人ひとりがフル回転で頭を巡らせている――そんな状況をつくり出さなければ。そのためには、一人ひとりが自分の頭で考え、自由にものをいえる会社にする必要があります。
――自由を阻んでいるものとは。
中尾
「パワー・ディスタンス」という言葉がありますよね。上司部下間の権力の格差を指す言葉ですが、欧米でももちろん、これはある。しかし、日本企業の場合、パワー・ディスタンスに加え、年齢格差も存在しています。私は勝手に「シニオリティ・ディスタンス」と呼んでいるんです。
年齢格差の大きな社会では、人は年上の人間に対して無意識におもねるようになり、自由な発言や行動ができなくなる。その結果、自律的な働き方が阻まれてしまうのです。
制度として年功序列を廃していても、風潮としてはまだまだ強く残っている。日本の場合、東南アジアや中国とも比べてもその傾向は顕著だと思いますね。年上の人に対する配慮が行き過ぎるところがあると感じます。
こんなふうに感じるのは私の海外体験が長かったこともあるかもしれません。直言直行型の性格もあると思います。若い頃、周りから「宇宙人」などと呼ばれていたものです。海外ではいわれたことはないんですがね(笑)。
―― 目に見えない格差を乗り越える手立ては?
中尾
ピラミッド構造の中でも中間から上の層、つまり部長以上のクラスを変えることが肝心だと考えています。「全ては上から」というのが改革のキーワードなんですね。上が変わらないと、下も絶対に変わらない。
上司は部下を評価するのに3年かかる。しかし、部下は3日もあれば上司を判断できる。部下から見れば上司の本性は丸見えだが、上司には部下が全然見えていない。それほど、部下というものは上司に自分をさらけ出すことができないものなのです。これでは自由闊達な働き方などできるはずがありません。
そこで、手始めに昨年秋、「360度評価」を実施しました。対象は部長以上の層、約100名です。ただし、結果は一切、人事考課に反映させない、という条件づきで。
360度評価自体はいろいろな企業で導入されていますが、当社の場合は少し変わっていまして、完全な無記名でやった。記名式だと批判めいたことは一切いえませんからね。相手が上司だとなおさらです。
米国などでも記名式で360度評価をやりますが、出てくるのはほめ言葉のオンパレード。とはいえ、それは欧米式の礼儀。ほめ言葉の中にいいたいことを混ぜてあるのです。「非常に積極的に発言する」と書かれてあれば、「他人の話は聞かず自己主張ばかり」という意味をそこから読み取らなければなりません。ですが、これは日本人にはちょっとできない芸当です。
実は15年くらい前、私自身、同じことをやったことがあるんです。当時、100名ほど部下がいたんですが、上司である自分の評価をしてもらった。もちろん無記名で。結果について自分でプレゼンも行いました。
いや、ドキドキしましたよ。そうしたら案の定、辛辣なコメントが返ってきましてね。「こんちくしょう」と思いましたよ。「誰がこれを書いたんだ?!」と(笑)。一晩は気になって眠れない。