巻頭インタビュー 私の人材教育論 “くせもの”も“猫”も活かす! 顧客への真心と柔軟性を持つ両備流人材・組織づくりとは
規制緩和による競争激化やモータリゼーションによる利用客の減少など、公共交通を取り巻く環境は厳しい。そうした中にあって、着実に業績を伸ばしているのが、岡山県の両備グループだ。猫の「たま駅長」で有名な和歌山電鐵もその傘下である。同グループを率いる小嶋光信代表は、経営破綻した地方の公共交通の再生を請け負い、次々と成功させた「地方公共交通の救世主」としても知られる。社会・顧客・社員の幸せを追求することが企業の使命だと語る小嶋代表に、人づくりへの思いを伺った。
創業者の戒名に見つけたグループに息づく経営理念
――御社は、経営理念に「忠恕」を掲げておられます。この言葉をなぜ理念に掲げられたのでしょうか。
小嶋
「忠恕」というのは、「真心からの思いやり」という意味です。これを経営理念に掲げたきっかけは、1999年に旧両備バスの社長に就任し、グループの代表になった時でした。3代目の松田基は経営哲学に優れた人で、社是や経営への思いを毎月社内報で社員に伝えていたので、それがどのくらい浸透しているのか確かめたくて、グループ各社の幹部に聞いてみたのです。すると、「誰もわかっていない」ということがわかった(笑)。教えそのものは素晴らしかったのですが、数が多くてわからなくなっている、というのが現状でした。そこで、大事なことは多くても3つまでに絞らないと伝わらないなと考えるようになりました。当時当グループは、2010年の100周年に向け、次の100年のための基礎固めをする時期でした。世の中が目まぐるしく変わる時代にも揺るがない、会社の核となる理念を探し続けていたある日、寝ている時にふと頭に浮かんだのが「忠恕」でした。その時は気づかなかったのですが、これは当社の創業者、松田与三郎の戒名「天海院忠恕一貫居士」に含まれていた言葉でした。
与三郎は、地元のお寺への貢献を評価され、殿様のような立派な戒名をもらっていたのですが、それを潔しとせずに、自ら戒名を決めたのだそうです。これを私なりに解釈すると、「天よりも高く、海よりも深く真心からの思いやりを一生貫いた男」となります。そしてここに、両備グループの経営の秘密があると確信したのです。
当社は、1910年(明治43年)の創業以来、社員のリストラをしていません。それは、最大の危機に見舞われた時も例外ではありませんでした。1962年に国鉄赤穂線が開業した結果、当社は、鉄道事業から撤退せざるを得なくなりました。並行して走っていた西大寺鐵道が、当社の主力事業であったためです。40人近い鉄道マンが仕事を失ったのですが、当時の社長は、その人たちを解雇するどころか、各人の得意分野を活かせる新しい事業を興していったのです。つまり当社の伝統は、儲ける種があるから新規事業を始めるのではなく、人材を活用する観点から新しい事業を興すところにあるのです。そうした姿勢の根本には、「忠恕」の精神があったのですが、社内ではあまり語られてこなかった。そこで、これを経営の中心に据え、これから100年の礎としようと考えたのです。
私は、慶應ビジネススクール(ハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディを主に使っての教育)に学び、外資系企業の社外役員をしたこともありますが、金を儲けた者だけが正しいとする欧米流の経営に疑問を感じます。本当の経営は人間中心でなければいけない。社会やお客様、従業員のために行うのが本来の経営であり、それを全うするための礎が「忠恕」の理念なのです。
――「忠恕」を実現するための経営方針には、「社会正義」「お客様第一」「社員の幸せ」を掲げられています。
小嶋
よくコンプライアンス、法令順守といいますが、私はこの言葉が大嫌い(笑)。だって、法律は守って当たり前でしょう。ですから私は、経営方針を「法令順守」ではなく、「社会正義」としたのです。法的に問題がなくとも、社会正義に照らして問題となりうるのなら、いくら儲かる仕事でもやめるべきなのです。