連載 ID designer Yoshikoが行く 第77回 西粟倉村・森の学校 ―小さな村と「トビムシ」の挑戦
講演を終えた会場で、賑やかに名刺交換をしていた時のこと。ある方が名刺と一緒にさりげなく手にしていた『もの』に、私の目は釘づけになった。だって、シンプルで美しい模様、素朴で温かな手触り、かすかな森の香りをまとった、それはそれは魅力的な『もの』なんですもの。はしたなくも目が勝手に「ほしいっ☆」と輝いてしまったのも、むべなるかなである。
「実はこれ、間伐材でつくったiPhoneケースなんですよ」
と、説明してくださったのは株式会社トビムシの営業本部長、村上達也さん。なんと国産材のひのきを使い、熟練の職人が1枚の板から、一つひとつ削り出して製作したというから、すごい。大事に大事に生み出されたその無垢のケースは、都会のビルのセミナールームの片隅で、みんなの注目を一身に浴びて、ちょっとばかりはにかんでいるようにも見えた。
それにしても、トビムシというユニークな名前と、国産のひのきと、スタイリッシュなスマホのケースと。いったい何がどうしたら、この3つが結びつくのだろう? なぜこの素朴なケースに、こんなにも惹きつけられてしまうのだろう?
その答えは……。
東京からはるかに西の、小さな過疎の村にあったのだ。
百年の森構想
岡山県英田郡西粟倉村は、人口約1,600人、面積5,793ha、村の95%が森という緑の村である。2004 年に近隣市町村との合併を拒み、勇気を奮って独立自尊の道を選んだこの村が、ビジョンとして大きく掲げたのが、『心産業』。今までにない革新的なビジネスを、この小さな村から発信したい、いや、してみせるっ、という心意気を示した新しい言葉である。
しかし、このビジョンを実現するには「説得力のある戦略」と「思い切った戦術」が必要だ。