巻頭インタビュー 私の人材教育論 “木登り型”の世界を見晴らすプロ集団をつくれ!
血球計数分野で世界シェアNo.1の地位を獲得しているシスメックス。血液や尿、細胞など検体検査全体の領域では世界トップ10に位置する。「検査」をキーワードに、医療機器、試薬、サービス&サポートなど幅広く事業を展開してきた。採用や育成もユニークだ。会社と人材がいつでもどこでも出会える「世界面接」などの試みを続けている。グローバル人材が互いに混ざり合い、視野を広げ、刺激し合う場づくりについて話を伺った。
「専門性」の落とし穴に陥らない
――血液や尿、細胞などを採取して調べる検体検査の分野で、世界的シェアを獲得されています。近年、世界各国でのニーズの多様化や医療インフラ整備の進む中、従来のヘマトロジー(血球計数検査)のみならず、免疫、凝固などその他の検体分野やライフサイエンス領域へと事業を拡大されています。人材に求める能力も変わったのでしょうか。
家次
昔のように専門性にばかり頼れない時代になりましたね。今は、働く人々が「2つめの強み」を持つべきで、それも自分自身のオリジナルな強みが必要です。大学でいう第2外国語みたいなものでしょうか。
当社はもともと技術系の会社です。臨床検査機器や試薬などのモノづくり、研究開発が起点。だから伝統的に技術系の人間が多かったわけですが、グローバル展開を続けるためには、技術に詳しいだけでは不十分です。昨今はお客様の幅が急速に広がり、販売やマーケティングの知識が求められるようになっていますから。
当社の核となる機能の1つ「サービス&サポート」のサポートをとってみても、操作やメンテナンス関連だけでなく医療関係での学術的サポートなど、関連する職種がどんどん広がっています。
―― 一般的にも、仕事の細分化、専門化は進んでいます。その一方で、大学教育と仕事の現場との乖離も大きく、自分の方向性が見出せない若手が増えていると聞きますが。
家次
どんな仕事に自分が向いているのか、若い人にはなかなか見極められないでしょうね。
日本人は何となく大学に入学して、何となく4 年間を過ごし、それからわっと就活する。自分の強みなど、大抵の場合わかっていません。たとえ大学で専門知識を身につけたとしても、そこにぶら下がっているのは危険です。知識とはいずれ陳腐化するものなのですから。
――処方箋はあるのでしょうか。
家次
30歳くらいまでは専門分野に限らずいろんなことを体験させるべきだ、というのが私の持論です。
ですから、当社では若手にいろいろな仕事を体験させています。どんな仕事に適しているのか、何が得意か、体でつかんでもらう。
新入社員研修では、全員に営業部門と生産現場、両方を回ってもらっていますし、ジョブローテーションにも力を入れています。その結果、技術畑の人間が支店長になる、などというケースも珍しくありません。
直販体制がグローバル人材をつくった
――早い時期から直販や提携を進めることにより、海外展開をスピード化されています。グローバル人材育成について伺う前に、まずその背景をお聞かせください。
家次
当社の誕生は1968年に遡ります。80年代までは欧米の各国に進出する際、それぞれ現地の代理店と契約していました。
大きな転機が訪れたのは1991年。英国の代理店が突然、撤退を宣言しましてね。困惑しました。
別の代理店に引き継いでもらうか、それともいっそ現地の代理店を買収し、自分たちで直接、販売やサービスを手掛けるか――。
背景にあったのは、EUの誕生です。通貨や国境で守られていた欧州各国の市場は、激しい競争にさらされていました。メジャーなライバルが参入してきたらひとたまりもない状況でしたね。「今、このタイミングで直接販売・サービスにシフトしなければ」という思いは強かったですよ。
自分たちの目でお客様のニーズを見極め、評価に耳を傾けなければ、シスメックスのブランドを欧州で確立することは難しくなる――と。
そんなことから、直販の道を選びました。その後、1993年は米国、さらに1995年はドイツと、次々に代理店を買収しては現地法人を設立しました。
思えば90年代後半から2000年代前半は、買収に次ぐ買収の時代でした。1993年に欧州試薬生産拠点ノイミュンスター工場(ドイツ)を設立するなど、生産拠点も現地へ。最近の話では、今年7月、米国に「米州R&Dセンター」を設立し、研究開発拠点もグローバル展開しています。
混ざり合える日本人をつくる
――海外事業比率は国内のそれをはるかに超えると伺っています。
家次
今や海外事業比率は7割超。拠点数も海外のほうが多い。従業員は連結で約6,000名ですが、そのうち半数近くが外国人です。
こうしたボーダレスな環境で日本人社員が外国人とコミュニケーションする機会は格段に増えています。
買収によって確保した海外の人材は、それぞれ違う宗教、カルチャーを背負っています。彼らと“混ざり合える”人材の育成は急務。グローバルな舞台で、多様な人材とうまく理解し合える人材を増やさねばなりません。――日本型経営を海外移転させていた時代と違い、人材もカルチャーもグローバル化しています。日本企業からの海外赴任者の中には、外国での仕事に馴染めず、メンタルヘルス不全を起こしてしまう方も少なくないと聞きます。
家次
日本人は、価値観が似通っているためか、以心伝心が成り立ちます。仕事を進めるうえでそれほどコミュニケーションに苦労しません。ところがグローバル社会ではまるで事情が違います。
国際会議の議長の心得は、「いかにインド人を黙らせて、日本人を喋らせるか」だそうですね。海外の人たちが我勝ちに手を挙げ、発言する一方、日本人は非常に物静か。「何か質問はありませんか」と尋ねても皆、しーんとしている。ところが、あなたはどうですか、と誰かにマイクを向けると喋り出す。話す内容がないのではなく、気後れしやすいのではないでしょうか。
こうしたギャップは、個人の能力というより、育ったカルチャーの差によるものだと思っています。ですから、若いうちに外の風に当て、周囲に「割り負け」※1しない日本人を育てなくては。
――「割り負け」しない日本人……グローバルな舞台でも、周囲に気後れせずに相手と向き合い、自らも発信する日本人、ということですね。そうした人材をどう育成されていますか。
家次
たとえば2 ~ 12カ月、海外で実務を経験する研修プログラム「グローバルアプレンティスプログラム」がそうです。
対象は係長クラスまでと若手層が中心。グローバルオペレーションの実行水準を高めるのが目的です。それぞれ挑戦したい課題認識を持ち、自ら現地活動の目的を設定してもらうことが条件です。
スタートは2011年度から。現時点で5拠点に11名を派遣しています。他人を理解し、受け入れ、力強く議論できる人材を育成できれば、と思っています。
3カ月に1回、現地の責任者が参加するグループ経営報告会もグローバル人材育成の場となっています。特に国境をまたいだ部門別会議は、良いトレーニングのチャンスです。
かつては、海外本部や国際部を通して意思疎通をしていたものですが、現在は部署や地域に関係なく、あらゆる人々がコミュニケーションをとれるようになりました。
新しい採用活動「世界面接」
――国境をまたいだ職場環境なら、人材のグローバル化も進みそうです。
家次
グローバルなコミュニケーション力を磨く機会は他にもあります。
たとえば「VQセッション(ValueQuest:価値の追求)」は2008年から実践しているボトムアップの提案活動です。国や世代、部門を越え、グループ全体のコミュニケーションを実現するもので、テーマは新規事業の提案から社会貢献まで実に多彩です。関心のある議論に、自発的に参加することができます。
普段はオンラインでコミュニケーションをとっていますが、時には集まってわいわい話し合う。議論の展開次第で新規プロジェクトを立ち上げるケースもありますよ。2013年度はこうしたコミュニケーションを促進するため、専用のSNSを導入しました。
これまで発表された内容には、未病分野の検査法の開発、工場での生産性向上に向けた改善活動、顧客ニーズを収集するプロセスの開発、顧客とのオンラインコミュニケーション、海外子会社へのオンラインユニバーシティの開設等、多岐にわたる提案と実行がなされ、企業価値の向上につながっていると考えています。
この他、グローバル人材を確保する取り組みとしては、「世界面接」が挙げられます。Webセミナーで自社の情報を発信するほか、インターネット電話で面接したりもします。
対象は30歳未満のポテンシャル人材。新卒・既卒は問いません。海外の大学に留学中の日本人学生や、留学先を卒業したもののギャップイヤー※2で就職先を決めていない人、日本に留学中の外国人や、日本に来たことはないが日本企業での就職を希望する外国人。そして、よりグローバルな環境で働きたいと考えている既卒者や海外経験の豊富なその他の日本人など――。
――世界面接については、TwitterやFacebookでも情報発信をされています。季節も場所も国籍も問わず、採用活動できる――まさに画期的な手法だと感じます。
家次
ITを上手に活用すれば、優れた人材を世界中から集めることができる。しかも、時間やコストをかけずに、です。
2010年からの取り組みですが、すでに海外の大学を卒業した日本人や、中国やインドネシアなどから入社しています。
――非常にユニークな採用方法ですね。ところで、社長ご自身も、グローバルな舞台でお仕事をされてきて、特に印象的だったこととは。
家次
私は旧三和銀行を経て、1986年に東亞医用電子(現シスメックス)に入社しました。
常務取締役だった1990年代前半は、海外に飛んではアライアンス事業に取り組んでいましたが、そこで学んだのは日本の外側から世界を見て、日本を見つめることでした。
バブル崩壊以降、日本は自分たちの足元しか見てこなかったでしょう。世界がこれからどう動くのか、みんな考えるゆとりがなかった。
――バブルの後遺症に苦しみながら、既存の経済システムからなかなか脱却できませんでした。
家次
実はその「失われた10年」、つまり、90年代というのが先進各国の企業にとっては非常に大事な時代だった。
その頃、ロシュ社(ヘルスケア、本社スイス)、シーメンス社(複合企業、本社ドイツ)の人と話をすると、まるで第二次世界大戦後に、大国が敗戦国の統治分割を取り決めた、ヤルタ会談さながらなんです。ベルリンの壁が崩壊し、グローバル化と先進国による新興国への進出は加速しつつあった。一方で新興国は徐々に力をつけ始めている。一歩日本から出ると、世の中が大きく変わりつつあることが、はっきりと感じられました。日本は出遅れている。変化のスピードが速いこの時代には、もっと予兆を敏感に感じ取り、素早く対応しなければ、と思いました。早くもグローバル市場の争奪戦が激化していることに、肌が粟立つ思いでした。グローバル人材育成に力を入れる背景には、こうした体験もあります。
木に登って視野を広げる
――ご自身の知見を伝えたり、経営学を教えたりする、私塾のような研修もあると伺いました。
家次
ええ、私自身が講師となり、次世代経営者層にレクチャーする「シスメックスアカデミー」という研修があります。期間は5 ~ 6カ月で、月1回の合宿形式で開催しています。当社のDNAについて講義したり、経営書を取り上げて、ディスカッションしてもらったりしています。
海外現地視察や他社訪問も行います。さらに文化・芸術に至るまで、幅広いジャンルでプログラムを実施しており、最終日は、受講生一人ひとり、経営層に対するコミットメントを発表してもらいます。2009年からすでに3回実施していますね。
それとは別に「シスメックスビジネススクール」も開講しています。対象は中堅クラスのビジネスリーダー。3~ 4回の合宿を含め、6カ月間の研修です。
――どんなことを学ぶのでしょうか。
家次
マーケティングから戦略策定のセオリーまで、リーダーに不可欠な基礎知識を一通り身につけてもらいます。そしてやはり、最終的には経営提言をさせています。現在190名が受講完了し、受講者から執行役員も誕生していますよ。
これら研修の最大のポイントは、いろいろな部門の人間が一堂に会するということ。部門にしろ、国にしろ、閉じこもっていれば視野が狭くなります。ですから、研修でいろいろな人間と接することで、視野を広げるのです。
社内では常々、同じ専門家でも「穴掘り型」ではなく、「木登り型」になれ、と言っているんです。
――「穴掘り型」と「木登り型」ですか。
家次
専門性をどんどん深掘りすれば視野が狭くなるばかりです。しかし、木に登れば世の中が見える。世界が広がれば、ベンチマークしたい人物や国、自分が進みたい方向性もわかってくるでしょう。
人材育成で大切なのは、木を植えて自ら登らせ、考えさせ、実行させることだと思います。ある種の競争環境も必要でしょうね。
もちろん、本人に登る気がなければそれまでです。その気のない人間に一方的に知識や情報を流し込んでも、右から左に聞き流すだけ。「もっと知りたい」「もっと挑戦してみたい」という好奇心が不可欠です。
グローバルな舞台では競争も激しい。そこで“割り負け”せず、立ち向かうエネルギーの源泉となるのは、「面白いことをやりたい」という思いでしょう。
どれだけ挑戦心や好奇心をかき立てる場をつくれるか――これからの人材育成の勝負どころですね。
※1 割り負け:株式用語。業種や業績が似ている他の銘柄に比べて株価が安いこと。
※2 ギャップイヤー:高校から大学進学の間、または大学卒業から就職までの間に、見聞を広めるため一定期間の猶予を持つこと。元々は英国の大学制度の習慣。