巻頭インタビュー 私の人材教育論 くまモンを大きく育てた怒らないリーダーシップ
今や押しも押されもせぬアイドルスター、くまモン。
人気の秘密は赤いほっぺの愛らしいルックスと、「利用料無料」という巧みな仕掛けだ。
1200億円以上の経済効果を生んだだけでなく、実は組織改革上も重要な役割を果たしているという。
その立役者は、蒲島郁夫知事だ。
高校卒業後に単身、渡米し、農業研修生などを経てハーバード大学大学院へ。
さらに元・東京大学教授という、異色の経歴を持つ知事は、くまモンと共に、どのように組織を、人を変えていったのか。
くまモンが変えたこと
──今や不動の人気を誇るゆるキャラ「くまモン」ですが、キャラクター利用料を無料にし、利用許諾を得て使えるようにしたことで、一気に有名になったそうですね。
蒲島
使用する際には、熊本の良さをPRする文字やイラストを入れていただくようにしています。おかげでくまモンの人気と共に、熊本県の認知度も高まっていきました。
日本銀行熊本支店の調べでは、2011年11月~2013年10月、くまモンが熊本県に及ぼした経済効果は1244億円。目に見えない経済特区をつくったようなものかもしれませんね。織田信長が経済の活性化を図った「楽市楽座」の発想です。
──楽しくて冒険心に満ちた挑戦ですね。
蒲島
ええ。でも、公務員に対する世間一般のイメージは、挑戦とはかけ離れたものでしょう?
定時勤務、前例重視、指示待ち──。失敗を恐れる風土がこうした風潮を生むのでしょうね。皿を洗い損ね、割ってしまうくらいなら、最初から洗わないほうがいい、というわけです。「国の方針だから」「他県に比べればましだから」という考えになりがちですが、いずれも思考停止を招き、挑戦心を萎えさせる言葉です。
しかし私は、知事に就任してから「割れてもいいから、どんどん皿を洗ってほしい。割れた皿は私が片づけるから」と言い続けてきました。実はくまモンは、皆に皿を割らせた功績者でもあるんですよ。
──くまモンが県庁の意識改革にも一役買ったと。
蒲島
現在、くまモンブランドを一括管理している「くまもとブランド推進課」という部署があります。2009年に設立したのですが、くまモンの名刺1万枚を配布したり、吉本新喜劇にくまモンを出演させたりと、日々、ユニークな取り組みにチャレンジしています。
2010年11月には、YouTubeで記者会見の動画を流し、「くまモンが出張中にいなくなった。見かけたらTwitterで情報提供をお願いします」と閲覧者に呼びかけました。私も神妙な面持ちで出演しましたが、もちろん、これは架空の記者会見。Twitterが盛り上がったのは言うまでもありません。
この部署でくまモンと付き合った職員は、仕事への目線が変わります。「どうしたら県民が喜び、幸せになってくれるか」を考え、ありったけの工夫を凝らすようになるのです。
ですから、彼らが他部署に異動すると化学反応が起きます。例えば廃棄物対策課では、廃棄物を畜産飼料に活用するなど、迷惑な物ではなく「宝」として捉えようとする試みが始まりました。
また、水俣病対策や環境行政を担当する課では、2013年に熊本県で開催された「水銀に関する水俣条約外交会議」で、ちょっとしたミニサプライズを仕掛けました。参加者の宿泊する部屋に歓迎メッセージや、熊本のおいしい水、折り紙のくまモン人形などを届けたのです。
こんなふうに、県庁全体にリスクを恐れず挑戦する雰囲気が広がっていきました。皆、「できません」で終わらせるのでなく、「どうすればできるのか」を考えるようになりました。
ちなみに現在、全ての課、全ての部局がくまモンと何らかの関連のある仕事をしており、くまモン付きの名刺を持っている人も多くいます。