連載 事例・ロールプレイングで読む セルフ・アサーション・トレーニング [ 第3回] 「劣等」感情の問題解決
謙譲は日本人の美徳といわれるが、「私なんかとても‥‥‥」と言って、自分を必要以上に卑下する人のなかには、劣等感に悩まされているタイプはいないだろうか。今回は、劣等感情とは何か、そしてそれをどう解決するかをロールプレイングから学びたい。
はじめに
人は、言語バリアーと呼ばれる言葉に関する「劣等感」を持つ場合が多いと言われています。ここで述べる言語バリアーとは、例えば方言を話す人が標準語に対して敷居の高さを感じる不快感です。歴史上では、古代ギリシャの雄弁家であったデモステネス(Demosthenes)が吃音の障害に悩み、それを克服し弁論術の獲得に至ったと伝えられています。
筆者の1人である菅沼は、青年時代寡黙でした。そのため教師生活で直面したのが、話し下手という劣等感です。先輩教師の助言もあり、これを克服する目的で汪川ひろしの「話し方教室」の研修会に3ヵ月通いました。この体験は、スピーチに対する「劣等感」を解消するのに大いに役立ちました。
さらに、言葉に関する「劣等感」は、英語にも及びました。この克服に役立ったのは、2つの体験です。
1つは、研究休暇で1年間、米国西海岸のロサンゼルスで過ごした海外生活でした。現地に根づき生活をするうちに、ネイティブと同様に英語を話す必要がないことに気づいたからです。むしろブロークンイングリッシュでいいのだと確信したのです。
2つ目は、英語の原著を翻訳した体験です。
1冊は、アメリカ人の友人のナビゲーションもあって完成させました。彼は、日本人以上の日本語感覚の持ち主であったことが幸いして、英語の言葉が持つニュアンスこそ大事であることを学びました。辞書の訳語は、参考に過ぎないことに気づきました。もう1冊は、1人で取り組み翻訳を完成させました。こうして、英語が生き物であることを実感しました。いま現在英語は、得意ではありません。だからといって、「劣等感」は既になくなっています。
「劣等」感情の本質
アルフレッド・アドラーは、「劣等感」について多くの業績を残しています。菅沼は、医師で日本アドラー心理学会前会長の野田俊作氏からアドラー心理学について多くを教えていただきました。印象的だったことは、通俗的に使われている考えとしての、自分と他人を比較した結果生じる感情が「劣等感」であるという定義に誤りがあると学んだことです。野田氏の定義は、次のようなものです。
「現代アドラー心理学では、人生目標と現状認識のへだたりに由来する不快感である。人間は、目標を追求して生きているというのがアドラー心理学の基本前提であるから、人間であるかぎり劣等感をもっていることになる]( 国分康孝編『カウンセリング心理学』、1990,P.581、誠信書房)。この定義から、大事なことがわかります。「劣等感」は、自分と他者を比較して生じるのではなく、自分の認知の在り方から「劣等感」が起きるということです。しかも、この感情は、健康なものであるということなのです。
さらに「劣等感」とは別に、「劣等コンプレックス」という用語があるというのです。野田氏によれば、「劣等コンプレックス」には2つの意味があるといいます。
1つは、「強い劣等感」です。もう1つは、「人生の課題を建設的な方法で解決することを拒否する口実として劣等感を誇示して自分と他人をあざむくことです判前掲書P.582) 。現代アドラー心理学では、「劣等コンプレックス」に対して後者の意味を採用しているというのです。
一方、アドラー心理学の影響を受けて後に発展した理論があります。 TA(交流分析)です。この理論に値引き(Discount) という用語があります。六角浩三氏の定義は次のようになります。
「現実の場(生活の場、職場、会議室のなか)で、自分や他人や、状況のある側面を軽視したり、過小評価(ある種の過大評価も入る)する心的機能です」(前掲書P.440)。より平易な表現をすると、ある種の問題解決に適切な情報を自分では気づかないで無視することです。したがって、特徴は本人に気づきがなく相互にイヤーな感じが残る点です。
ところで、TAでは、「受け身の行動」が「値引き」と関係があると指摘しています。TAの自我状態モデルの説明によると、自分のPの自我状態やAの自我状態を相手に「値引き」されると「受け身の行動」を取る傾向があると言われています。例えば、家庭内暴力の場合、親は子供のPとA の自我状態を値引きし、自分のCの自我状態を値引きしているのです。「受け身の行動」は、次の1から4までのプロセスがあり、後に行くほど深刻になるのです。
①何もしない
指示待ち人間に代表される行動。能力が低いのではなく「こうせよ!」「あれをせよ!」と指示を出せばしっかりと成果を出す。ところが、自発的な行動を一切しない。
②過剰適応
“相手が多分このように期待しているであろう”という自分の思い込みで、ある他者の期待に合わせようとする。この結果、逆にストレスが強くなり、先回りをしたり、イエスマンの行動となって表れる。
③いらいら(焦燥感)
多動であり、盲目的に目標のないことにエネルギーを使い、少しでも安心感を得ようとする。例えば自分の部屋のなかをうろついたり、ステレオの音量を最大限までボリュームアップする行動。
④暴発(暴力)
周囲の人が気遣いをして世話をすると一層共生関係が強固になり、閉じこもる。言葉による暴力がしだいに対物的暴力や対人的暴カヘとエスカレートする。
こうした、「受け身の行動」への対処は、確認することと対決することです。確認するとは、Aの自我状態でチェックすることです。一方、対決は、相手がどうなっているかを明確にすることです。本人が自分の立場をクリアーにするように、かかわっていくのです。何を考え、何を感じ、意見はどうなっているかを引き出すことです。
例えば、「この議事について何か質問はありませんか?」と尋ねた場合に「別に冂と返事があったとします。このことで、引き下がらずに相手にさらに「ここで何を感じている?」と介入するのです。その時に「頭にきた!」と答えたらもう一度、「何に頭にきた?」と尋ねるのです。こうして、問題を抱えている当事者は、その人白身であることを伝えることが対決です。
ロールプレイング事例
◆主役 Y: 女性、30歳、会社員( 教育担当)
◆課題 現在、自分のしている仕事が社内でもうまくできているのかという自信がないところに、他の3 社から講師をやって欲しいとの声がかかる。うれしい気持ちの半面、自分がその人たちの期待に応えられるだけのものを持っているのかという部分で自信が持てず、私でよいのだろうかと思い悩み、相手にも聞いてしまう。自分が評価されたことを素直に受け取れるようになりたいと望む。
◆目標 うれしいという感情を伝え、評価されていることを実感する。
◆相手役 B ・C ・D ・E ・F : 会社の同僚(フアシリデーターはTと表示)
◆場面 職場でYの仕事を話題にする。
●普段の仕方で行動するロールプレイング
T 相手役の方は、あとでY さんに良かった点や褒めたい点をフィードバックすることを頭に入れておいて下さい。Yさんは普段通りの対応で相手とかかわって下さい。では、スタートします。
B Yさん、今度外で講師をするんですか?
Y えっ、私ですか?
B するって聞いたんだけど、すごいですね。
Y すごくないですよ、全然。
B どうして?
だってお話をするんでしょう、みんなの前で。
Y だから、何でかなと思っていて、ちょっと…不安なんですよ。
C 私も聞いたんですけれども、すごくいいことをやっていらっしゃるって。うちでもぜひお願いしたいんですけれども。
Y 本当に何も、普通のことしかやっていなくて、皆さんのやっていることの全然足元にも及ばないぐらいのことしかやっていないんで、そんな… … (笑)。
C けんそんしないでくださいよ。
Y 本当に、皆さんの足元に及ぶぐらいの活動はやっとできるかな、と思えるぐらいなんで、そんなめっそうもない。
C 前に受講したという人に閧いたら、すごく感動したと言ってましたよ。
D へえ、そうなんですか?
Y そうやって言っていただけるとうれしいんですけれど、なかなかね。
E やってみたいという気持ちはやっぱりあるんですよね。
Y そうですね。声をかけられたんで、頼まれたらやっぱり応えたいとは思うんですけれど、それと自分がやれるかは別ものかなという部分もあって。どうしようかなと‥ ‥ ‥。
E 楽しみでもあるんですよね、やはり。