連載 事例・ロールプレイングで読む セルフ・アサーション・トレーニング 第4回 「怒り」感情の問題解決
自分の思うような事態にならなかった時、相手の攻撃や侮辱にあった時、思わず沸き上がる「怒り」の感情。しかし、社会で生きていくためには「やられたら、やり返す」のではなく「自制心」を習得し、自分の感情を相手にうまく伝えるのが“おとな”になる第一歩だ。今回は「怒り」感情について問題解決を考えてみたい。
はじめに
「自制心学んだベッカム」と題しか記事が、2003年10 月18 日の朝日新聞に載っていました。記事は、こう続きます。
「頭突きを食らわせたい衝動に駆られたはずだ。イングランド代表主将、デービッド・ペッカムはこらえた」。この内容は、1つの悪夢が背景となっています。
1998 年ワールドカップ(W 杯) アルゼンチン戦でベッカムは、相手側の選手であったシメオネの挑発に乗り、足を引っかけて退場処分を受け、国民からバッシングを受けたのです。その5年後の今回は、未熟であったベッカムが自制心を学んだというのです。
2003 年10 月11 日は、イスタンブールが舞台の2004 年欧州選手権予選の卜ルコ戦でした。ペッカムは、PK のチヤンスに軸足を滑らせ、大きく外してしまったのです。ピッチにひざをつき落胆を隠せないその時、トルコのアルバイが耳元で激しくののしってきました。「母親を侮辱する発言があった」とベッカムは述べています。「怒り」感情に任せて頭を突き上げていれば、脳天が相手の顔面を直撃し、退場処分は免れなかったに違いないのです。
この記事は、「怒り」感情の問題解決に多くの示唆を与えてくれます。まず、問題解決は、自制心を学習することだということです。相手の挑発に乗らない対処が必要だということです。
別の体験があります。アサーション・トレーニングのロールプレイングの場面でした。主役の女性は、新婚間もない奥さんでした。主訴は、こういうことです。「私は、新婚なのですが、恋愛時代と違って……頭にくることばかりなんですが… …主人に怒りをぶつけたい」。「具体的にどんなことが起きたのですか?」と尋ねました。すると、こう言うのです。
「主人は、『夕食は要らないよ』と言って出て行ったので、外で食べて来るものと思っていました。
ところが、1時間ほどしてファストフードの袋を下げて戻ってきたのです。そして、「これで、僕と君とで夕食をとるからね」つて、2個のハンバーガーを取り出したのです。こんな風に事あるごとに威張っていることがあるので、妻としては腹立たしい」と言うのです。したがって、ロールプレイングの目標は、怒りを主人にぷつけたい、と、その女性は訴えました。そこで、参加者のなかから夫役の人を選んでもらいました。ロールプレイングが、始まりました。ところが主役は、主人役が、袋からハンバーガーを2個取り出してこれで夕食にしようと言った場面で怒らず、しばらく沈黙していました。
そのうちに、「私は、最初に怒るつもりでロールプレイングをやっていたが、違う感情が出てきて………、困っているという気持ちが生まれたので、これを主人に表現したい」と言うのです。そこで目標を変えました。主人に困ったという気持ちを伝えるロールプレイングを開始しました。「これで夕食にしよう」とハンバーガーを取り出すと奥さんはこう言いました。
「私、いま困っているんです。あなたは、そうやっていつだって一方的に夕食の段取りを決められると、私にだって都合があるのだから… ……」。すると、主人役は、黙ってしまったのです。そして数分後に「おまえ、おれがコーヒーを沸かすから………」と台所の方へ行くのです。そして、コーヒーを2人で飲むという展開が起きました。怒りが、攻撃的行動につながる代わりにアサーティブ行動に変わることを教えてくれたロールプレイングでした。
「怒り」感情の本質
「怒り」感情は、どこで生まれるのでしょうか。大脳生理学的知見では、怒りのボタンは2つに分類できるといいます。精神科医の岡野憲一郎氏によれば、1つは、扁桃核や視床下部そのものが刺激を受けやすく「発火」しやすい場合です。例えば外傷性ストレス障害(PTSD ) などが相当します。もう1つは、普通なら扁桃核の刺激を抑制するようなシステムが、何らかの理由で障害されている場合です。例えば腫瘍や外傷などによる前頭葉などの障害で発作的な怒りを処理できなくなることがあります(岡野憲一郎、「怒りのコントロール」、P29 ~30 、『PSIKO』第3号、2000 年12 月、冬樹社)。
一方、心理学的な要因で見ると何でしょうか。さらに、岡野氏は、次のように述べています。
「『テリトリー』を突然だれかから侵略されたことが、怒りが生じる機序のプロトタイプであると考える」(前掲書、P33 )
さらに、怒りに関するモデルがあります。 H.Kassinove は、図表1 のような「怒りの状態構造に関するモデル」を提言しています。この図表は、アサーションなどの肯定的な対処ができていると怒りのコントロールにより、決断、受容、軽い苛立ちになると述べています。これは健康な状態です。ところが、否定的対処になると怒りが生じさらに怒りが内在化、または外在化して医学的、行動的、心理的障害が起こるというのです。不健康な状態です。
また「自己主張トレーニング」の著者であるロバート・E ・アルベルティとマイケル・L ・エモンズらは、怒りの研究者間で合意に達している重要点をあげています。
(1)怒りとは、人間にとって自然で普通の感情である。
(2)怒りとは、怖れるべきものではない。
(3) 怒りを効果的に表現する方法を身につけるべきである。
したがって、上記に述べた怒り感情の本質を理解すると同時に上手に対処する術を身につければ、健康な生活が送れるのです。次は、ロールプレイングを通して怒り感情の問題解決をしたトレーニングを紹介します。
ロールプレイング事例
◆主役 O:男性、33歳、会社員( 商社・総務課・入社10 年目)。
◆課題 社内でOさんと部署の違う先輩2名がO さんの仕事を代わりに引き受けてしまったり、知らないうちにやってしまう。断っても「いいよ、やる」と言われるとそれ以上は言えなくなり、改めてやめてもらいたいと言う機会のないまま現在に至る。しかし、自分の領分に踏み込んできて欲しくないことを伝えたい。そして、ここには怒りの気持ちがあったことに気づき、これを表現していく。
◆目標 怒りの気持ちを伝える。
◆相手役 B・C: 会社の先輩(女性)。D・E・F:観察者。(フアシリデーターはTと表示)
◆場面 職場で先輩と話す。
●普段の仕方で行動するロールプレイング
O 今回もタイムカードを作って下さってるんですか。
B うん。時間空いているし、やるよ。
O そうですか。お願いします( 笑顔)。
T はい、終わりです。Oさん、いまの感想を言って下さい。
O 会社のままかなって( 笑)
●肯定的フィードバック
T じゃ、いまのOさんに対して、気に入ったところ、褒めたいところ、ねぎらいたいところをフィードバックして下さい。
D すごく自然な会話に思えました。「お願いします」というのがとても素直な感じに聞こえました。
C 先輩をとても気にしていて、どちらかというと、優しいというより怖がってる思いを持って、先輩を立てている感じを持ちました。
●アサーティブ行動になる1回目のロールプレイング
T さて、いまからアサーティブな行動を目標にしてトライするんです。どう変わりたいですか。
O でされば、「それが自分の仕事で、先輩がやると嫌な気持ちになる」ということを攻撃的じゃなくて伝えたいです。
T では、まずは自分の仕事であるということをきちんと説明する。テリトリーをきちんと説明すること。そのうえで、必要以上に仕事をやられてしまうと困るとか、不愉快ということも伝える。はい、スタート。
B 伝票作っておいたよ。
O あっ、ありがとうございます。
B どういたしまして。
O でも、この伝票を作る仕事は私の仕事なので、これからは私がやりますから。気を使って下さらなくてもいいですよ。
B 本当?
ちょっとおせっかいだったかな。