思想・文化から見たダイバーシティー② 紛争や対立の渦中で多様性に 気づきを向けるエルダーシップ アーノルド・ミンデルの「ワールドワーク」という挑戦
A・ミンデルが世界各地で実践し、注目を集めているワールドワークは、困難な紛争や対立に取り組むために、個を超えた生命力を有する「場」を想定し、その「場」に潜在する多様性に「気づき」を向けていくことが特徴である。各個人が自分の役割や立場を超えて、「場」中心的な視点へ移行することによって、新たな統合や自覚に支えられた共同性が実現される。
ワールドワークとは何か
プロセス指向心理学の創始者アーノルド・ミンデルは、「ワールドワーク」と呼ばれるグループ・ファシリテーションを1980 年代から世界各地で実践して注目を浴びている。ワールドワークは、世界に遍在する種々の難題(宗教対立、民族紛争、人種差別、性差別、環境破壊、経済格差、戦争責任など)にグループワークという形式で真正面から取り組むものだ。紛争や対立の渦中にある双方の当事者たちが一堂に会し、お互いの言い分を主張し合う集まりを開催するのである。
集まりは文字通り修羅場になる。お互いの言い分か激しくぶつかり合い、時には罵り合いになり、真っ向から対立する。あまりにも危険な地域での集まりは、厳重なボディチェックとともに警察や軍隊の監視下で行われたこともあると報告されている1 )。そんな集まりで司会進行役(仕切り役)を務めることを想像してほしい。だれもが想像するだけで身構えてしまうのではないだろうか。しかし、ミンデルは経験を重ね、そういった集まりをファシリデートする手順と技法を生み出しつつある2 )。
もともとミンデルはユング心理学派の個人心理療法家であった。ユング心理学では、一見すると問題に思われる症状や出来事を「取り除こう」とするのではなく、むしろそれらを主観的経験に照らしてしっかりと見つめ、より大きな文脈からそこに濳む意味を想像することを試みていく。同様にワールドワークも「いま起こっていることには意味がある」と捉えるユング心理学の目的論思考をベースにしている。つまり、紛争や対立を表面的に解決しようとするのではなく、その深層に存在する多様性(各個人のさまざまな体験、異なる立場や意見など) に「気づき」を向け、紛争や対立に潜む意味や全体的な布置をつかみ、新たな共同性の雰囲気を創造することが目標とされる。
言わばユング心理学の個人心理療法の理論を、そのまま社会問題へのアプローチに適用したのがワールドワークといえよう。ミンデルは世界や社会、組織や集団をクライエントに見立てたのである。
したがってワールドワークは、集団内の個人に焦点を当てる従来のグループワークとは一線を画する。いわゆる一般的なグループワークや自己啓発ワークショップのように、集団メンバーの自己成長やメンバー間の人間関係改善を目的としているわけではない。ワールドワークは、集団内あるいは集団間で発生した困難な紛争や対立に取り組むために、個を超えた生命力を有する「場(フィールド)」を想定し、その「場」の多揄既に「気づき」を向けていくことが特徴になっている。