短期連載 研修効果測定の実証研究 第1 回 日本での研修効果測定に関する研究は、 海外に比べ遅れている

日本でも研修効果測定に対する関心が高まりを見せているものの、まだ科学的な研究と事例の開示が進んでいない。効果測定の手法の紹介にとどまっているのが現状だ。
本連載では3回にわたり、製造業Sネ土で行われた中堅社員研修の効果測定を実証し、そこから導かれた効果的な集合研修への示唆と、測定と評価を組み込んだ集合教育のあり方を検討したい。 1回目の今回は、研修効果測定に関する研究の進展とS社で行われた中堅社員研修の概要について述べる。
1. 連載の目的と背景
(1)本連載の目的
本連載の目的は、企業内集合教育(Off-JT) の効果の実証であり、効果測定のあるべき姿と方法を論じるものではない。具体的な企業事例を用いてその効果と限界を証明し、より効果的な集合教育への示唆を得ることを目指している。
さらに、集合教育の効果測定の方法と活用に関する検討を行い、測定と評価を組み込んだ集合教育のあり方を考えたい。
(2)研修効果測定への関心の高まり
長期不況下にもかかわらず、企業の人材育成への関心は高い。大木栄一(2003 ) によれば、1998 年時点において、企業は正社員1 人当たり平均2.22日のOff-JT を受講させており、その年間費用総額は1人当たり8.83 万円にのぼるというI 。
教育投資への企業の高い関心は、その効果を測定・評価すべきであるという議論の高まりに及んでいる。 2003年のASTD ( American Society for Training and Development) 国際カンファレンス&エキスポでは、研修の効果測定と評価が重要なテーマとして採り上げられたⅡ。 日本においても、研修効果測定の必要性を説き、その方法論を紹介する記事が雑誌等に頻繁に見られるようになった。
効果測定の必要性とその手法が紹介されているにもかかわらず、実証による研究成果はほとんど得られていない。ジャックJ.フィリップス(Jack J. Phillips) は、効果測定や評価について、「行動することよりも語ることの方がはるかに多い」と述べているⅢ。
しかしながら、投資効果を明らかにすることは教育担当者の使命であり、集合教育を社外から支援する者の責任でもある。もはや、「やらないよりやつた方が良い」といった理由で社員を集め、貴重な時間と資源を使える時代ではない。
そこで本連載では、製造業S社の事例研究によって企業内集合教育(以下、研修と表記) の効果を実証する。研修の効果が実証されれば、集合教育投資の価値が再認識されよう。また、研修は万能薬ではない。どのような点で効果が見出され、あるいは認められないかが識別できれば、人材開発戦略における集合教育の効用と限界が明確になろう。さらに、研修の効果にプラスの影響を及ぼす要因があるとすればそれは何であるかを究明し、測定結果を研修に活かすためにはどうすべきかを論じていきたい。
2. 研修効果測定に関する先行研究
(1)海外の研究成果
広く知られている効果測定の方法は、ドナルドL.カークパトリック①onald L. Kirkpatrick) によって1959年に発表されたモデルである。すなわち、レベル1 (reaction)、レベル2 (learning)、レベル3 (behavior)、レベル4 (result) の各項目において測定が可能であるという議論である。
カークパトリックはこのモデルを用いて研修の効果測定と評価を行い、1998年の著書では、モトローラ、シスコ・システムズ、インテルなどの事例を紹介しているⅣ。
一例をあげれば、GAP社では1994年のストアマネジャーを対象としたリーダーシップ研修において、4つのレベルごとに効果の測定を行った。その結果、受講者は研修に好意的であり(レベル1)、リーダーシップに関する新しいスキルと知識を学習し(レベル2)、職場へ戻ってからリーダーとしての仕事に新しいスキルを活かし(レベル3 )、売り上げの増加やスタッフの離職率の低減などの成果を得た(レベル4)ことが証明されている。実際に使用された調査票と得られたデータが明らかにされ、実証のプロセスも含めて紹介されているⅤ。
近年、米国では教育投資の効果をROI (Return on Investment) の観点から測定する方法が紹介されている。ジャックJ.フィリップスはカークパトリックの4レベルにこのROIを加えた「ROIプロセスモデル」を提案し、例えばフェデラルエクスプレス社で、コントロールグループとの比較を用いてトレーニングのROIへの影響を測定した結果などを紹介しているⅥ。ただし、実際の事例を引用した解説であっても、検証プロセスは必ずしも明らかにされていないので、読者が効果測定の道筋をたどってその結果に納得することは難しい。
(2)研修効果が実証されていない日本の研究の現状

日本では、1970年代に既に効果測定の手法の紹介や提言がなされているⅦ。労働省労働大臣官房システム分析室(1973) では、TWI「人の扱い方」訓練の効果を測定するための測定変数、および被説明変数を検討し、詳細な質問紙を作成しているⅧ。しかし、実証結果は明らかにされておらず、「人の扱い方」訓練にどのような効果があったかはわからない。
数少ない事例研究として、永野仁(1984) は流通業の中堅社員研修の受講者とその上司・部下へのインタビュー調査によって、受講者本人の能力向上と組織的な生産性に対して効果があったとしているⅨ。 最近では、平松陽一(2001)による山陽コカ・コーラボトリングの作業改善の研修効果とⅩ 、牟田太陽(2001)による営業マンセミナーの効果測定結果の紹介があるⅪ。
しかしながら、これら以外のほとんどの文献は「こうすれば測定できる」という提案であり、「測定した結果どうだったか」を証明したものはきわめて少ない。日本における研修効果の科・学的な研究と企業事例の開示は、遅れているといわざるを得ない。
(3)日本企業の効果測定への取り組み
