連載 事例・ロールプレイングで読む セルフ・アサーション・トレーニング 第6回 最終回 「うつ」感情の問題解決

近年働く人々のなかで、軽微なものも含め、「うつ」感情に悩まされる人の数が非常に増えている。抑うつの気分は、実はネガティブな思い込みに捕らわれた「イラショナルビリーフ」によって引き起こされる。自分の感情を受けとめ「認知」を検討していくことが、うつ感情を和らげ、自己変革していく第一歩となる。連載の最後は、いまや世間で一般的な問題である「うつ」僣|胄の解決を示していく。
はじめに
「平成13 年厚生労働省人口動態統計の概要」によると、男性の40 歳から44歳では死因の第1位か自殺であるとの報告があります。しかも平成12 年に比べて約3ポイントの上昇を示しているといわれます。一概には言えませんが、「心の風邪」といわれる「うつ病」がこの背景の要因として考えられます。一般に「うつ病」は、うつのみが生じる「うつ病」、さらにうつと躁の波が繰り返すように生じる「躁うつ病」に大別されます。
後者の例を知るには、昨年翻訳出版され、「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で取り上げられて大きな反響があったダニエル・スティール著『輝ける日々』(朝日出版) の一読が参考になります。全米ナンバー・ワン作家による、実の子供が19 年の短い生涯を自らの手で絶つまでの母と子の心の軌跡をつづった記録です。
さてDSM-IV-TR(アメリカ精神医学会により作成された「精神障害の診断と統計のための手引き」) では、「躁うつ病」を双極性障害と呼んでいます。また、この患者の10 % から15 % が自殺をしていますが、適切な治療により自殺率は低くなると推定されるといわれています。ここでは、「うつ」感情、さらに「うつ病」とアサーティブ行動との関連を論じることにします。
筆者の1人である菅沼が、非常勤講師として持つある大学の授業の1つに「産業カウンセリング特論」があります。最終講義のテーマは、「職場におけるアサーティブ行動とは何か」でした。
授業のまとめとしてロールプレイングを実施しました。主役は、就職活動を開始した大学生です。主訴を要約すると、会社説明会に出席したところ、突然重役面接を行うと言われ面接を受けたところが、話をする時「御社」「、貴社」「あなた様の会社」のどれを敬語として使うのかあれこれ考え、さらに接続詞に何を使うか迷ってしどろもどろの状態になりました。面接の後で「うつ」の感情を抱えてしまったのです。
したがって、考えが[たまらない] ようにすらすら話したいと目的を述べました。
ロールプレイングは、重役役の学生と対面方式の面接場面をイメージして2回行いました。
1 回目は、普段の仕方で行動するのです。実施後の主役は、こう述べました。「座っている椅子にもたれてしまう座り方が気になりました。また足が勝手に動いて落ち着かないのです。頭のなかでは、考えが『たまって』よどみなく話すことができませんでした」。
次に2回目のアサーティブ行動を目標に実施しました。目標は次の内容でした。背筋をしっかり伸ばす。また足がふらふら動かないよう地に着けている。考え込まず話す。こうして実施した終了後の振り返りの時に主役は気づきの内容を報告しました。考えが「たまる」ことがあってもそれで良いのだと学べました。「立て板に水のようにすらすら話すことは、必要ないのですね。そうすることによりかえって、面接の練習をしてきたと思われるし、軽薄な態度が伝わるので、自然体で面接に臨むことが大事だと思いました」。こうして、主役は同席していた多くの学生から励まし、褒める、いたわるなどの発言をもらいアンカーリングを行いました。主役の学生が感じていた「うつ」感情は、ロールプレイングを実践することで得られた達成感により解消しました。
「うつ」感情の本質
「うつ」感情の本質を解明する前に、「うつ病」の症状について述べます。
先に示したDSM-IV-TR は、主症状として1.抑うつ気分、2.興味・喜びの喪失を示しています。さらに、副症状が、1.食欲不振・体重減少、2. 睡眠障害、3.焦燥感・行動制止、4. 易疲労感・気力減退、5. 無価値観・罪悪感、6.思考力や集中力減退・決断困難、7. 自殺念慮・自殺企画をあげています。「うつ病」は、これらのうちで主症状が1つあり、5つ以上の副症状があるのです。しかも症状は、2週間でさまざまな病気になり、以前の機能に障害が発生します。
ところが、こうした重篤な精神疾患である「うつ病」にならなくても「うつ」感情に陥ることはあります。そこで、「うつ」の諸理論を紹介します。
まず、S. フロイドの研究から「うつ」感情の理論を紹介します。この理論は、「うつ」感情は「怒り」感情と同じであるとみなしていました。さらに、自己嫌悪の「うつ」感情と自己憐憫の「うつ」感情に分けました。前者は、怒りがこころの内部に向かった場合です。一方後者は怒りがこころの外界に向かう場合です。
またA. ペックは、「うつ」感情を認知の視点から研究しました。その結果、3つの方向性の否定的思考に起因すると考えました。つまり、自分自身に対する否定的な考え方、世界に対する否定的な考え方、将来に対する否定的な考え方です。
この見解は、認知療法という心理療法に結実しています。さらにA.エリスは論理療法のなかで、「うつ」感情を引き起こすのがイラショナルビリーフであると指摘しています。その特徴は3つにまとめられています。
1.人が抱く不健康で強烈なビリーフである。
2.人が「欲しがる」ものを持つていないという「恐怖」である。
3.ものごとが「ひどい」と思われる状態である。
論理療法の研究者であるP. ホークは、「うつ」感情を3つのタイプに分類しました。そしてその背景にイラショナルな構造があると述べています。
1.自己非難によって引き起こされる「うつ」感情に関するイラショナルビリーフ
(1)私は、失敗した。または、罪を犯した、あるいは偶然だれかを傷つけた。
(2)私は、完璧でなければならない。そして悪いことをすべきではない。
(3)それだから、私は悪い人間で、罪を受けるに値する。
2.自己憐憫によって引き起こされる「うつ」感情に関連するイラショナルビリーフ
(1)私は自分の道を進むのを邪魔されている。
(2)私は望むものすべてを手に入れなければならない。
(3)もし手に入れられなければ、恐ろしいことだ。かわいそうな私!
3.他者憐憫によって引き起こされる「うつ」感情に関するイラショナルビリーフ
(1)悪いことは、起こっても仕方がない人以外に起こるべきではない。
(2)このようなことが起こることを許している世の中は、恐ろしい場所だ。
以上の諸理論から、認知が「うつ」感情の要因として重要な働きをしていることがわかります。アサーティブ行動は、認知を検討することによりいっそう健康になるアプローチなのです。次の事例を通じて主役が変化するプロセスから、この点を学んでください。
さて「うつ」感情の諸理論をまとめると図表1になります。参照してください。
