連載　人材と組織の強みを活かすAl　第９ 回 BAWB 一 Business as an Agent of World Benefit 社会への利益を生み出すビジネス

世界学術科学アカデミー（ＷＡＡＳ）前会長のハーラン・クリーブランド教授は、著書"Knowledge Executive ”(Penguin USA, 1985) のなかで、「現代社会ではprivate とpublicの境目がぼやけていく。官庁や自治体などの公益組織にはこれまで以上に経営感覚が求められ、民間企業はますます公益的になっていくだろう」と述べている。

今回紹介するのは、AI の一つの応用形で、特に人や組織の前向きさを引き出すことに焦点を当てた、ＢＡＷＢ（Business as an Agent of World Benefit)、すなわち「世界の利益に貢献するビジネス」という研究プロジェクトだ。ケイス・ウェスタン・リザーブ大学(CWRU) のDavid Cooperrider 博士を中心とした同大学の研究者たちは、ビジネスは、決して個人的な欲得を実現する手段にとどまるものではなく、未来の社会をより素晴らしいものにするための役割を持つものだ、と認識した。

地球社会の将来をどんなものにするのか、ビジネスの力は大きい。地球環境や政治状況にさえ、影響を与えることができる。起業家や経営者が、利己的な利害の追求によって、人類の未来に暗い影を落とすのか、あるいは、公益的な役割を自ら積極的に果たして明るい未来を実現するのか。 ＢＡＷＢは、後者のシナリオを実現する取り組みだ。

ＢＡＷＢとは？

さて、ＢＡＷＢ は実際、どのように行われるのだろうか。 AI の取り組みが、通常は「一企業のなかで、全員参加形のワークショップ形式で実施される組織開発手法」であるのに対し、BAWBは「ビジネスを含めた社会活動を通して、人はどのように社会にプラスの変化をもたらすのか」「ＮＰＯ などを含めたさまざまな社会活動を通して、人は社会にどのような貢献をしているのか」を類型分析する調査だ。この研究は、Cooperrider博士、Ronald Ｆｒｙ博士を始めとするＣＷＲＵ の研究者を中心に世界的に行われている。

インタビューの対象となるのは、世界中の組織の経営者、組織に変革をもたらすさまざまな分野のリーダーだ。これは必ずしも大企業のトップや著名人には限らず、起業家、学者、学生、コミュニティーのリーダーといった、市井で活動している人たちも含まれる。彼らの体験も普遍的な価値を持つことが多いからだ。インタビューを行う前には、まずＢＡＷＢ のウェブサイトからインタビューの準備や方法、質問事項などが書かれたインタビューガイドをダウンロードする。そのなかには、インタビュー終了後、その結果をC ＷＲＵへ提供する旨の承諾書の書式も含まれている。

インタビュー終了後、まとめられた体験談は、ＢＡＷＢ 専用のホームページによって閲覧可能になる。これにより「自分たちの手で社会や組織の発展を実現させよう」と思う人たちが、世界中からアクセスすることができ、いつでも参考にすることができる。

こうした経験から学ぶことで、企業経営が「金儲け」の次元から、より高邁な理念実現へと進化できるのだ。 AIの組織開発ワークショップでも、ＢＡＷＢ で得られた企業の社会貢献の事例が参考として紹介されている。

ＢＡＷＢの始まり

ＢＡＷＢ のきっかけとなったのは、2001 年９月11 日の同時多発テロたった。その年の９月30 囗にAI の第一回国際カンファレンスがメリーランド州ボルチモアで予定されていた。その直前の９月11 日に、世界貿易センタービルが崩壊するという大事件が起きたのだ。開催を間近に控えた主催者は、この脅威のなかで、カンファレンスを開催すべきか否かの決断に迫られた。結論は「決行」だった。

Cooperrider教授は「企業や経営者は、社会貢献の牽引役としての役割をこれまで以上に果たすべきだ」と考え、「さまざまな対立を超えて、世界をプラス方向に変える担い手としての企業のあり方」（すなわちＢＡＷＢ） にカンファレンスの主題そのものを変更したのである。その後2002 年冬から2003年冬までの約一年間に、協力団体との問で試験的に200 のインタビューが行われた。これが基礎となって、現在のＢＡＷＢの手法が確立している。

ＢＡＷＢの方法

BAWB はインタビュー形式の対話であり、ビジネスにおける「建設的な思考の源（ ポジティブ・コア） となるもの」を､「持続可能な社会の発展」と結びつけ、役立てることを目的としている。