新連載 人材教育最前線 第1 回 CS 教育は、現場を知らなければ その真髄を伝えることはできない
企業の業績向上のためには社員の能力開発が不可欠だが、その成果の度合いは教育担当者の情熱の多寡に負うところが大きい。そもそも教育とは、「ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること」(小学館・大辞泉)だからである。働きかける側の情熱が、能力開発の鍵を握ると言っても過言ではない。今月から、教育担当者の想いを探るシリーズがスタートする。第1 回目は、現場のオペレーション教育に情熱を注ぐ東急リゾートサービスの伊藤雅浩氏にお話を伺った。
CS推進で目指すオペレーションNo.1企業
東急リゾートサービスは、会員制リゾートホテル(東急ハーヴェストクラブ)やゴルフ場、スキー場や別荘など、全国27 事業所、60カ所のリゾート施設のオペレーションを手掛ける運営会社として、2001年に東急不動産グループの12社が合併して設立された。人材・施設・情報の持つ価値を最大限に発揮し、運営施設一体となったCS(顧客満足)を推進することでオペレーションナンバーワン企業となることを目指している同社で、現場でお客さまに接する従業員の教育を一手に引き受けているのが、総務部人事課・部長代理の伊藤雅浩さんである。研修の企画、テキストの作成、講師役と教育に関するあらゆる仕事にかかわっているが、新入社員研修は伊藤さん以外には教える人がいないと言われるほど。伊藤さんが講師を務める実践に即した研修は、特に定評がある。
「現場のオペレーション教育というスキルは、その現場を知る担当者からでなければ教えることはできない」というのが伊藤さんの持論。「CS 教育の一環として接客マナーを教える研修はありますが、ここで効果的な笑顔のつくり方やお辞儀の角度を学んだところで、それをどの場面で活用するか理解できなければ、その研修は単なる時間つぶしにしかなりません。CSに対する実体験のない人がそのノウハウを教えてもらっても、それを自分はどう使うかという置き換えができないからです」と伊藤さんは説明する。
何をすべきかの前になぜそうするのか
「CSはシステムだ」と伊藤さんは断言する。だからこそサービスの仕組みが理解できさえすれば、現場での応用はいくらでも可能となる。
伊藤さんが、これに気づいたのは学生時代だった。現長野県知事の田中康夫氏の芥川賞作品「なんとなく、クリスタル」が流行った時代に学生生活を過ごした伊藤さんは、当時引っ越しのアルバイトをしては都内のホテルで豪遊(?)することを楽しんだと笑う。10 日かけて稼いだお金をわずか1 日で使わせる魅力とは何なのだろうか。
「ホテルで働く人たちに心遣いをしてもらうことの心地良さだと思いました。だから、ホテルに興味を持ったのです」。そこで伊藤さんは、1杯200円程度のビールが1,000円に化けても納得できる理由を知るためにホテルへの就職を決めた。
東急ホテルチェーンに就職し、配属されたのは銀座東急ホテルのバンケット部門だった。
初日、伊藤さんは配膳係の先輩から(先輩といっても正社員ではない、いまでいうフリーターである)、当然のことながら新人扱いされる。「伊藤!」と呼び捨てにされ、ごみ捨てなどの作業を命じられた。ムッとしながらも、伊藤さんは考えた。「彼ら以上に仕事の成果を出すことで彼らに自分を認めさせよう」。難しいことではなかった。皿を並べたり容器を片付けたり、わずかな工夫をするだけで彼ら以上の仕事ができた。初日の呼び捨てが、4日目には「君」付けになり、1 カ月が過ぎる頃には「さん」付けになる。
バンケットでは、ウェイターコート、キャプテンコート、黒服といった具合に、ステップアップするごとに制服が変わっていく。黒服に上り詰めるまでは一般的に6年~8年程度かかる。10年以上かかることも珍しくないが、伊藤さんはわずか3カ月で黒服となった。もちろん、努力の結果である。配属された1 カ月後には、黒服になった際に困らないよう、フランス語の勉強を始めていたほどだ。メニューのフランス語が理解できなければレストランのシェフたちと渡り合えないからである。