投資型人材育成の活用による 組織の活性化を
投資型人材育成とは、組織にとって必要なスキルや知識の伝授よりも、個人の主体性や興味をベースとした教育であり、これによって個人の持つエネルギーや活力を組織の変革に活用するものである。組織は生き残るために変革・革新し、成長する。この変革へ向けた個人のエネルギーをいかに喚起し、組織のダイナミズムにまで高めていくことができるかが、組織にとって大きな課題である。
1. 競争戦略を支えた組織主導の人材育成

いま、企業における人材育成が大きな転換点を迎えている。それは従来の組織主導に加えて、個人主導による、人材育成への重要な役割を占め始めてきているという認識である。いわば人材育成の個人主導メカニズムへの回帰である。
言うまでもなく、人材育成は人事制度と深く結びついている。人事制度の根幹は仕事・職務・能力などを、組織にとって重要度で序列化し、その序列を組織の根幹に置いたものである。図表1はこの関係を図式化したもので、「人材教育」誌においても、このモデルをしばしば活用して論じてきた。この組織にとっての必要な序列は職能資格、職務グレード、仕事級、グレードポイント、コンピタンシー、バリューなどさまざまな形を伴い人事制度の根幹に位置づけられてきた。人材育成の仕組みは、この人事制度の序列と統合化され、序列に基づいた人材育成の仕組みが提供されてきたのである。それゆえ、その人材育成の仕組みは組織主導のメカニズムにほかならない。
もちろん、私はこの序列ベースの人事制度を否定するものではない。またこの人事制度と深く結びつき統合化された、人材育成のメカニズムを否定するものでもない。企業が他社との競争に打ち勝ち、成果・業績を上げるためには、円滑な組織運営は必要不可欠である。そのため、組織にとり重要な業務を粛々と実践し、それを円滑に機能させるための人材育成メカニズムを構築することは組織活動の基本である。
しかし、組織は生き残るために変革・革新し、成長する。その変革・革新・成長に当たり、組織が必要とする人事のパラダイムは、この序列の維持を基本に置いたものとはならない可能性が高い。
それではこの変革・革新・成長を促す人事のパラダイムとはどのようなものであろうか。それは個々人の変革へのエネルギーと、拡散し方向性を失いがちなそのエネルギーを、一つの方向に向かわせる変革コーディネーションの力であろう。この変革への個人のエネルギーをどのように喚起し、組織のエネルギー・ダイナミズムとすることができるのか。いつの時代にあってもそれは組織にとっての大きな課題である。
ところがこの組織の課題が、最近新たな展開をみせるようになってきた。変革のスピードの問題である。従来は組織の競争と成長は、ある一定の時間的なタイムラグを持って生起していた。図表2 ではこの競争と成長の関係をモデル化しているが、この競争戦略と成長戦略の展開では、そのタイムラグの活用により、競争戦略と成長戦略の担い手が役割分担をすることが可能であった。組織は競争戦略の時期をなるべく長く保つ努力を行い、そのため組織にとって最も重要な序列を根幹においた人事制度・人材育成制度を構築してきたのである。
多くの組織において、過渡期的な成長戦略の時代は、競争戦略の時代に培われた仕組みを何とか運用でフォローし、厳密な人事制度の適用を避け、また新たな競争戦略の時代に突入すると、従来の競争戦略で構築された序列体系のベースの見直しを行い、それをまた固定化するという形で企業の発展に見合った、人事制度の構築(競争戦略)―運用(成長戦略)―人事制度の再構築(次の競争戦略)がなされてきた。それは競争戦略を乗り切るための、しっかりとした組織の統合と秩序の維持、安定的な企業風土の継続をベースとした人事制度の展開とそれを可能とする人材の育成のメカニズムであった。
言うまでもなく組織の成長・革新にはこのような秩序の維持は往々にして必要とされるものではない。ベンチャー創造や生き残りをかけて企業が古い事業から撤退し、新事業を創造するには従来型の秩序の維持がどれほど組織の変革・革新を阻害しているかは語るまでもない。
過去の成功モデルの継続は、新事業の創造を阻むものにほかならない。それゆえ、企業はこの競争戦略と成長戦略をタイムラグをもってうまく役割分担し、成長戦略の時代は過去の成功モデルを意図的に否定したり、大胆な人事制度の運用で対処してきた。成長戦略が一過性である限り、競争戦略から成長戦略へのかじ取りをバランスよく運用・実践することで対応が可能であった。要するに成長戦略に見合った人事制度を本格的に採用するということは手控えられていたのである。
ところがこの競争戦略と成長戦略のタイムラグがどんどん短くなり、並行的に生起し、それが恒常的になるという事態を迎えるに至って、このバランスよく運用・実践されてきた人事制度の統合メカニズムに大きな変化が起こってきた。会社の寿命が30年(売上高ベースのトップ100 社在留期間)といわれた時代から、新会社の寿命7 年(株式価値総資産ベーストップ100社在留期間)へと、大きく変わる時代背景のなか、変革スピードが重視される21世紀型組織では、成長戦略への過渡期的対応では対応が困難になると同時に、単純な競争戦略と成長戦略の役割分担が機能しなくなってきたのである。変革志向の組織ではむしろ競争戦略と成長戦略を同時並行で進めていくという新たな展開が必要となってきた。
2. 成長戦略を支える人材育成の仕組みとは
従来型の競争戦略をサポートしていた人材育成のメカニズムを筆者は「コスト型人材育成」と呼ぶ。組織の日常業務を円滑に回していくために必要なスキルや知識の獲得、あるいは資格の取得。それは企業にとって日常業務を回していくための必要コストにほかならない。OJT、各種階層別研修、職能・技能別研修・シックスシグマ、QC、CMM などの特定の手法別研修などはこのコスト型教育である。コスト型教育は企業にとっての必要なコストそのものであり、成果を出している企業であろうと出していない企業であろうと、積極的にコスト型教育を実施してきた。それは組織にとってはマストの教育であり、競争戦略を乗り切るためには必要不可欠のものであった。言い換えるなら、どのような競争状態に企業が置かれても、経営的に苦しい時でも企業はそのコスト型教育を大幅に切り捨てることはできにくかった。
ところが成長戦略フェーズの人材育成では、コスト型教育から視点を変えることが必要となる。筆者はそれを「投資型人材育成」と呼んでいる。この投資型人材育成とはどのようなものであろうか。組織主導の組織にとって必要なスキルや知識の伝授というよりも、個人の主体性・興味をベースとした教育であり、その個人の持っているエネルギー・活力を組織の変革に活用するものである。組織が予定調和から計画した教育コンテンツで人材育成を行うのではなく、多様な個人の関心・専門性・活力を積極的に培養し活用できるレベルにまで高める施策が成長戦略時代には必要となる。
もちろん従来はこの成長戦略は一過性のものであったがために、この個人主導の投資型人材育成は企業が緊急避難型で採用したり、余裕のある時に積極的に採用したり、例外的な教育システムで対応したりという方式で採用してきていた。この多様な個をベースとした対応が、次のフェーズにくる競争戦略時代の組織主導の人材育成とは相容れない、個への傾斜をベースとしていたからである。
3. 投資型人材育成から人材育成型成果主義へ
ところがこの対応は、成長戦略時代が一過性で、短期間で過ぎ去るものという前提があった時に成り立つ方式である。緊急避難、例外的な教育は一過性が恒常的になるに伴い、システムとして確立される必然性が出てきた。筆者は従来からキャリア自律の展開がこれからの組織の投資型人材育成においてきわめて重要であり、組織のなかでシステム化されるべきと唱えてきたが、それはこの考えによるものである。
言うまでもなく、キャリア自律とは個人が自己の価値観や適性、能力に合わせて自分のキャリアを自分自らデザインする仕組みである。そして、この個人の主体的なキャリア形成が個人の仕事に対する姿勢を「本気」に変え、仕事にコミットさせ、それが組織にとっての大きな変革エネルギーを生み出す元となると考えている。

