WAVE ISL 30 代の創造型リーダーを育成する

BRICs の台頭などにより世界規模で経済環境が激変するなか、アジアや欧米では、30 歳代・40 歳代の若い経営トップが強いリーダーシップで経済界を引っ張っている。だが、日本はどうだろうか。ユビキタス社会、少子高齢化、民営化・地方分権化など、社会経済の構造全体が大きな変曲点を迎えているのに、その流れを先取りし、グローバルな視点から新しいビジネスや組織、社会のあり方をスケッチし、自らが先頭に立って具体化していける頼りになる若いリーダーが、企業にどれほどいるだろうか。強烈な個性と情熱で未来を切り拓く一握りの起業家たちに任せていては、日本のプレゼンスを世界で支える大きな流れは生まれない。既存企業から、そのプラットフォームをテコにしながら、創造を生み出す若い人材を輩出することが必要だ。そんな危機意識をバネに始まったのが、ISLの「創造型リーダー養成プログラム」である。いま求められる創造型リーダーのプロファイルとは何か。果たして、創造型リーダーを育成することは可能なのだろうか。そしてどんなプロセスをもって育成していくのか。興味の尽きない話題のプログラムを紹介しよう。
オープニングに集う29 人のリーダー候補
ちょうどいまごろ、5 カ月にわたる「ISL 創造型リーダー養成プログラム」は佳境に差し掛かっている。ISL は、インスティテュート・オブ・ストラテジック・リーダーシップの略称。日本の次世代リーダーの養成を通じて、一人ひとりの持つ夢や志を、それぞれが所属する組織や地域などで実現することによって、夢のある社会を築いていこうと、2001年7月に設立されたNPO法人(www.isl.gr.jp)である。
代表アドバイザーの小林陽太郎・富士ゼロックス会長を始め、理念に賛同する財界トップ、経営プロフェッショナル、大学教授、社会リーダーなど200 人以上が、手弁当で活動を支援するというユニークな組織体制と、独自の全人教育アプローチで知られている。
創造型リーダー養成プログラムが始まったのは4月14 日。開講式には、26の企業から将来を期待される30 代のリーダー候補29人が顔を合わせた。

開講式では、三菱商事社長の小島順彦氏が壇上に立った。小島氏はISL の中心アドバイザーで、北城恪太郎・日本アイ・ビー・エム会長とともに、このプログラムの校長役を務めている。サウジアラビアとアメリカに駐在経験を持ち、国際経験豊かな小島氏は、中国や欧米と比較しながら、日本人の若い世代の「国際性の欠如」「緊張感の欠如」「IT 時代の人間性欠如」を厳しく指摘しながら、グローバル時代に望まれるリーダー像を語った。
「リーダーとは、自分の考え方をきちんと持ち、組織力を引き出せる。と同時に危機感を持ちながら前向きに考える力があり、逃げずに自分の判断に責任を持てる意志のある人です」
また小島氏は、「コロンビアで絶大な人気を誇るウリベ大統領は52 歳、先日訪問した中国企業6社の社長は38~ 45 歳でした」と、取り残され感が強まる日本の若い世代への警鐘を鳴らし、居並ぶ29 人の若手に奮起を促した。
未来を切り拓く、構想力と情熱を持った人材
そもそも求められる創造型リーダーとはいったい何だろうか。ISL の代表を務める野田智義氏は、ハーバード・ビジネススクールで経営政策の博士号を取得した後、ロンドン大学ビジネススクール、フランスのインシアード経営大学院などの著名なビジネススクールで教鞭を取ってきた、いわば欧米型の企業人教育のプロだが、創造型リーダーの要件として、「意志力」「社会俯瞰力」「本質追求力」「人・求心力」の四つを掲げている。
「創造は、まだ見えない未来を現実に変えていくプロセスですが、当然ながら未来は不確実です。不確実さに伴うリスクや不安と戦いながら、自らの情熱と勇気で、まだ見ぬ未来を現実へと変えていく。その情熱と勇気の原動力が、やりたいことをやり通す自らの『意志の力』です。また、創造には異なる発想と視点が必要ですが、残念ながら常人の私たちには、ピカソがつくり出す芸術のような創造は真似ができません。したがって、私たちが挑戦する創造は、ひらめきや直感に頼るものではないでしょう。それは、社会や経済の変化を見極める姿勢、物事の本質をとことん追い求め考え抜くプロセスから生まれてくるものだと思うのです。だからこそ、『社会を大きく俯瞰する力』と『本質を追求する力』なのです」
さらに、野田氏は、求められる要件として、人間としての魅力をひときわ強調する。
「リーダーの条件を一つだけあげろといわれたら、断然、優れた人格(キャラクター)ですね。創造は一人ではできないですから、周囲がこの人ならついていけると思えるかどうかが、結局のところ究極の試金石です。でも、優れた人格を備えた若手というのも、ある意味では老成していて気味が悪いですね(笑)。そこで私は、『こいつならば応援してやろう、やらせてやろう』と周囲が思うようなチャーム(魅力)が重要だと思うのです。やんちゃだけど、素直さ、誠実さ、真摯さがある。こんなチャームを私たちは『人・求心力』と呼んでいます」
こうした四つの要件を満たす創造型リーダーといえば、即座に頭に浮かぶのはソフトバンクの孫正義氏であったり、楽天の三木谷浩史氏といった起業家(アントレプレナー)だろう。しかし、プログラムでは、起業家ではなく、既存の企業内から創造型人材をあえてつくり出そうとしている。プログラム統括マネージャーの加藤陽美氏は、前職のリクルートでの人材開発の経験を交えながら、その理由を語る。
「起業家育成を役所と大学が声高に叫ぶ割には、起業家の果たす役割は、日本では残念ながら限定的です。多くの優秀な人材と経営資源は、有力企業に囲い込まれているのが現状ではないでしょうか。創造を起業家群が牽引する米国と違って、有力企業のなかから、豊かな経営資源を最大限に活用しながら未来を切り拓く人材が生まれなければ、日本の再生は本物にはならないのではないでしょうか」
期待される企業内の30 歳代の若手であるが、現実には期待との間に大きなギャップが存在する。20歳代には可能性にあふれ、企業内外で人との交流に熱心で、アンテナが高かった人材も、30歳代に入り組織内での責任が重くなるにつれて、急速に保守化し官僚化していく傾向があるからだ。そしていつの間にか、自分がやりたいことより組織のなかでの役割を優先してしまう。
しかし、現状維持や利害調整は得意でも、こうした従順なエリートに創造がリードできるのだろうか。
組織のなかでの役割に過度に同化しない人の場合には、別の落とし穴があるようだ。自分が本当に現在の組織にとどまってキャリアを目指すべきなのかを迷い、「隣の芝生は青く見える」とばかりに、いまとは別のキャリア機会に中途半端に目移りする。結局、転職にも、組織内でのリーダーシップ行動にも、どちらにも覚悟を決めて踏み出すことに躊躇してしまう。こんなケースが組織には散見されるのではないだろうか。
周囲から期待されている人材が、組織に過度に同化せず、また、組織のなかで自分のやるべきこと、やりたいことを発見するなかで覚悟を決め、自らが先頭に立って行動に着手するのが企業にとっての理想なのだろう。しかし、これを実現することは、企業にとっても、そしてISL がこのプログラムを実施するに当たっても最大の挑戦だ、と加藤氏は言う。
「本当にやりたいことに目覚めると企業を辞めてしまうのではという懸念をよく聞きます。でも、それぐらいの気概と情熱を持った人材でないと、創造をリードできません。プログラムでは、本人が自分の進路を自ら選択することが重要だと考えていますが、企業にとどまることに疑問を持つ受講生には、『辞めるのは簡単だけど、せっかく期待されているのだから、腹を決めて一度本気で勝負してみたら』と話しています。そういった行動を取らない限り、人材としての成長は望めませんし、結局は転職をしたとしても成功しないのではないのでしょうか」
四つのステップで促す、四つの変容
では、そうした創造型リーダーをどうやって育成しようというのだろうか。プログラムの輪郭を見ていこう。
プログラムの幹を構成する「集合学習」は、著名な大学教授や第一線の経営プロフェッショナルらによる講義、さらには、企業経営者や社会活動家など、ビジネス界や社会で活躍するリーダーから、車座でざっくばらんに経験や人生哲学を聞く寺子屋リーダーシップ対話から成り、延べ130 時間にも及ぶ。この集合学習を補完するのが、演劇ワークショップ、セルフ・アセスメント、コーチングから成る「内省ワークショップ」と、創造へ向けてのプランを練り上げる「イノベーション演習」という二つの学習メソッドである。すべて合わせると180 時間に達する。研修とは軽々しくいえない内容である。
プログラムは、これら三つの学習メソッドで構成されながら、「全体俯瞰による振り返り」と題する第一モジュール、「自己との対峙と内面の探求」に焦点を当てた第二モジュール、「創意工夫と行動の準備」に取り組む第三モジュール、さらには、「試行錯誤と継続学習」を狙いとしたプログラム終了後の卒業生創発会、という四つのステップを経て進んでいく。